2016年11月29日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第50回: 身近志向と拡大志向 #NHK #朝ドラ

これは辛い。

<キアリスは取材を受けている。店にお客さんが増えたきっかけを聞かれて、明美のベビー相談室のことを話したにもかかわらず、記者は「よし決めた、『生みの親はお母さん達!』」
だが、私は違います、独身です、と明美。
4人並んだ写真を撮るカメラマン。

君枝は包装紙のデザインを仕上げ皆に見せる。さらに、君枝は自分で思いついてキアリスのタグも作っていた。喜ぶ一同。

潔と紀夫は、キアリスに大急百貨店の話をしにいく。なんで昨夜のうちに言っておかないんだ、と潔。紀夫は酔いつぶれてしまった、あんなに飲んだのは生まれて初めてだ、と言っている。

すみれたちに、もったいぶって、かつ気合いを入れて話をする潔達だが、彼らの思ったほどにすみれたちの反応がめざましくない。拍子抜けした感じの紀夫と潔。
君枝も良子も家に帰って夫達に話すが、夫達はともに大いに驚いている。

すみれもどこかひとごとのような感じで、紀夫と温度差が。
「おい、大変なことだと分かっているんだろうな」
「分かっているわよ…大変なことよ」
だがすみれの心配は、もしそれが実現したら、子供達をどうしたらいいのだろうと現実的なことだった。どこか呆れた顔の紀夫。

すみれたちと夫達の話し合い。夫達は
「あの大急が!」
と口をそろえて驚いていて、興奮気味でもある。だがすみれたちは、まだ聞いたばかりだし何も決めていない、と。そのことにむしろまた驚く夫達。
「やっぱりわかっとらんのやな」と勝二。

経理はどうなっているのかと昭一や紀夫が訊ねると、すみれたちが出してきたのは単なる売り上げのメモであった。「買ってくれた人」という欄まである。
「ほかには?」
ほかにはない、と聞いて驚く夫達。在庫数や仕入れ値は「だいたい分かってます」とだけ言う妻たちに、どんぶり勘定にもほどがある、君たちは本当に商売を分かっているのか、これでは世の中に通用しない、と口々に言う。
こんなことでは本格的に百貨店になど通用しない、世の中そんなに甘ないで、という夫達に、すみれたちは
「そんなに言うんやったら…」
と互いに顔を見合わせ、口に出さないままに全員の共通意志は確かめられ、断ってしまった。
ますます驚き呆れる夫達。
呆れた態度を丸出しにして夫達が去った後、
「なんやろね…」
憮然とする良子。
武が口を出す。
「あの…ほんまにええんですか?」
ええのよ、と一同。

「勝手に話持ってきて…断ったらあの態度。ほんまに腹立つわ」
と言ったのは君枝である。琴子との間に立ってふがいない態度であることも思い出して怒っている。


夫達3人は3人で、妻達のあまりの執着心のなさに怒っている。大急百貨店に品物を置いてもらうのに苦労している紀夫のことも聞き、妻達の態度が信じられない。世の中そんなに甘くない!と大きなため息をつく彼ら。

すみれたちが仕事を終えて帰ろうとすると、武が、誰かの忘れ物だと持ってきたのは、明美の写真入れだった。かつてすみれが上げたものである。大事に持っているのである。中を開けて亡くなった母親の写真を愛しそうに見ながら、私が新聞に載るなんて、お母さん喜ぶやろうな、と微笑む明美に、一同も嬉しそうだ。
  
ところが翌朝。待ち構えるように受け取った朝刊を開いて、ややあって顔が曇る武。
3軒隣から明美が出てくるのが見えて慌てて新聞を後ろ手に隠す武だが、明美もまたあさやに届いた新聞を開いてみる。
だがそこに載っていたのは、明美の姿だけが見切れている写真と、母親が子供のために作った、とだけ強調されている記事。明美の名前はない。

すみれたちもそれを読み、明美の気持ちを気遣う。
「ひとり独身が混じっているよりも、全員母親言うたほうが良かったんやろな」  
これっぽっちも気にしていないからみんなも気にせんといて、と明るく振る舞う明美>

昔からこういう構図が一番苦手だ。いや明美のことですが。
「泣いた赤鬼」
という童話で私は未だにマジ泣きしてしまう。なにがって、村人達が来てくれることを期待して「美味しいお菓子もございます、どうぞ遊びに来て下さい」と書いたのに誰も来ないときの赤鬼の姿。それを物陰から見る青鬼の心境になる。
というか、自分が赤鬼になるのがほんとに辛い。
つまり平たく言えば「無邪気にもった期待が裏切られる」図がこたえるのだ。
かつて飼い猫が病気になり、手術をしたが、麻酔から全く覚めないまま死んでしまったことがあった。2日間も眠ったままの猫に、私は最悪の事態を覚悟したが、家族が交代でついていることになり、私が職場からそのときそばについていた弟に電話したところ、まだ中学生だった弟は猫が復活することをみじんも疑っておらず、目が覚めたらやろうと思って竹輪買ってきたんだ、と無邪気に言う。その時点で私の涙腺は決壊し、職場だったがトイレに駆け込んで泣いてしまった。泣きはらした目を見とがめた、普段厳しい女上司が、話を聞いたとたん顔を歪めて、「帰りなさい、すぐ帰っていいわよ」と言ってくれたのもよく覚えている。結局猫は目を覚まさず亡くなり、母親が死んでも泣かなかった弟が部屋の隅にうずくまっておいおい泣いた。赤ん坊の時はともかく、ある程度成長してから弟が泣いたのを見たのはこれが最初で最後だったかもしれない。

自分語り失礼。

てことでこういうことにまず反応して自分語りをしてしまう、てとこがまさに象徴的?
 
女性と男性を性差で語ることには慎重にならなければいけないが、一般的な「傾向」として言えば、この件に関する夫達の反応と妻達の反応の違いは実に興味深い。そして私もしっかり「すみれたち側」である(ま、明美が一番近いわけだけどね)。

大変なことになった、と言われて、子供達はどうなるだろうと思ってしまうすみれ。嫁姑の間も取り持てないくせに何が世の中甘いもんじゃない、だ、と腹を立てる君枝。
 
そして、そんなに言うなら…と話を断ろうということで気持ちが一致している妻達。

この場面は視聴者の側でも同じような見方の違いがあるかもしれない。一般的に男性は紀夫達に共感し、女性はすみれたちに共感するかも。もちろん何度も言うが必ずしも男性女性ではっきり分かれるわけではないだろうが。でも便宜的に、男性的女性的という言葉を使わせてもらえば、私はやはり女性的思考に共感してしまうし、もっと言うなら男性的考え方は
「拡大志向病」
だとすら思ってしまう。
いえもちろん「病」は言い過ぎ。だが、確かに世の中では、すみれたちのような考え方を「甘い」「世の中を分かっていない」と非難しがちなのではと思うから、それとバランスを取るための言葉である。
以前から私は思っている、甘くて何が悪い!
  
甘い、というより、「身近志向」なのである。そしてそれは悪くない。とはいえ拡大志向が、上では「病」と言ったけれど、悪いわけではもちろんない。どちらも必要なのだ。だがバランスを取るためには、今は、身近志向の大切さを強調するのはありだと思う。
男性的志向は、まず大所高所に打って出て、そこから身近の幸せを考えるという方向。女性的志向はまず身近から始まって、身近の幸せが徐々に外に波及していくという方向。
どちらも必要、と書いたが、個人的には後者しか私には思いつかない。
会社とか組織を、なんで大きくしなければならないのか、と思ってしまう。自然に大きくなるのはいい、が、それにしてもどこかでむしろ引き締める必要すら感じる。
まあもちろん、大きい組織であってこそ、個人や小さい組織ではできないことができるのは当然。けれどそれとて、小さい部分部分をないがしろにしたらどこかにひずみが出てくる。
  
大きくなること、成長すること、あるいはもっといえばグローバリゼーションとか、決して否定はしない。だが私や個をないがしろにする形でなされるならそれは否定する。

史実にちょっと目を通したので、この事態の成り行きをちょっと分かる気がするのだが(どこまで史実に忠実なのかは分からないし、ネタバレは避けてこれ以上書かないが)、このドラマではすみれたちのありかたを「世の中のことを分かっていない甘い態度」としては描かないはずなのでそこは期待。
 
***
話は明美のこと、というか取材のことに戻るが、マスコミというのもほんとにしょーーーーーもない。ほんっっとにしょーーーーーーーーーーもない。
(真摯な態度のところももちろん多いよ)
現在の大政翼賛的マスコミに関してはもううんざりを通り越して絶望を感じるが、昔から私はマスコミには懐疑的である。奴らは、注目を集めるためには平気でものごとをねじ曲げる。ウソはつかないまでも、ウソに限りなく近い態度。事実には違いなくても、一部だけを切り取ったら真実は伝わらないが、あえてそれをする。読む側もそういうのを期待しているから、というのもある。読んで「へえ!ほお!」と興奮できるネタに飛びつく。煽られれば喜んでそれに乗っかって怒ったり騒いだり。鶏が先か卵が先か、ではあるが、いつも腹立たしいことが多い。なぜか自分が取材されたり(ほんのちょい役)されることも何度かなかったわけでもないが、そんな些細な体験の中でも「あーマスコミは真実は書かないのな」と思ったよ。

ひとつ思い出すのは、笑い話でしかないけれど、かつてランバーダというダンスが流行った、というか話題になったとき(セクシーダンスとして)、私もほんのかすめる程度そのダンスに関わり、2件ほどマスコミ取材の中に存在したことがある。そのうち1件では、なんかインタビューされてそのことが新聞記事の中で本名入りで紹介されたのだが、その内容はともかく(内容もいい加減だったけど)年齢が「25歳」。年齢を聞かれたかどうかも覚えていないが、聞かれても鯖を読んだりするつもりは毛頭なかったはずだから正直に言っているはず。その正直な年齢は「38歳」であった。ああ、そのくらいの年齢の女子がやってることにしないとカッコがつかなかったのね。年増で悪うございました!と思いましたよσ(^◇^;)。
(あ、聞かなかったけどだいたいそのくらいの歳かなと推測して書いた、というなら許す!(^_^;))

これも致し方ないこととはいえ、つい先日も、北鎌倉にあるという設定の旅館が舞台の2時間ドラマで、「稲村ヶ崎人魚伝説殺人事件」。その北鎌倉の旅館の近くにある稲村ヶ崎で断崖から男が突き落とされて殺された、ってことだけど、北鎌倉は稲村ヶ崎に全然近くない! そして殺人事件の生々しいシーンで使われている光景はどうみても稲村ヶ崎ではない(たぶん千葉の千倉あたり)。ロケの都合とか色々あるんだろうけど、そんなに無理して人の気を引くために北鎌倉とか稲村ヶ崎とかちりばめなくていいのにさ。鎌倉をキーワードに登録している私のHDDレコーダーに自動録画されてしまっていたがチープなドラマで即消去。やれやれ。
posted by おーゆみこ at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第49回: 失われたからこそ生まれるエネルギー #NHK #朝ドラ

あら? 明美ちゃんのフラグはむしろ浅田さん?

<昭和23年。ファッションショー以来、キアリスはそこそこ繁盛しているようだ。
上品な身なりの女性が子供服を買いながら、細かい点に行き届いていることに感心している。
その女性はキアリスのカードを持っていた。夫とともにファッションショーの時に来ていたのである。それ以来、神戸に来たときはぜひ、と思っていたという。
  
すみれと紀夫が出かける朝。喜代にさくらを託すが、さくらは喜代にだっこをねだり、すでにずいぶん大きくなっているさくらの重さに喜代は腰を痛めたりしている。
良子の息子良一もやんちゃざかりで言うことを聞かない。
君枝も、琴子が健太郎を甘やかしているのを見て健太郎を注意するが、琴子は取り合わず、君枝は昭一をみやるが昭一は見て見ぬふり。ため息をつく君枝。
明美は未だにあさやの2階に住まわせてもらっているようで、浅田に挨拶して出かけていく。
  
キアリスには住み込みで掃除などの雑用をしてくれている足立武という青年がいる。潔の紹介でやってきた大分のメリヤス工場の息子だ。商店街の子供とじゃれあったりして溶け込んでいる様子。
  
このころは第一次ベビーブームであった。
  
板東営業部。戦前から取引があった大急百貨店に再び食い込めないかと奮闘している様子。
潔は紀夫を連れて接待に行くことを決めた。そういうのが苦手な紀夫は複雑な顔。一心不乱に計算している方が性に合っているようだ。

だが潔は、これから徐々に紀夫の顔を外部に売って、本人にも経営者になる自覚を持ってもらわなければ、と考えている。
  
すみれはまた、なにかを思いついた様子。包装紙を作ったらどうか、という。これまでは無地の茶色い紙で包んでいただけだった。商品にもキアリスのものだと分かるワンポイントを入れようとも提案。
それにしてもこんなに長く続くとはね、と明美。
  
そこへ新聞記者が訪ねてきた。代表者に話を聞きたいという。
  
大急百貨店:大島社長との接待の席。大島社長はファッションショーの時にもいた人物である。
大急特選マークを取り戻すことはできないか、と潔。
オライオンが紳士服に戻ってくれるなら…と大島は言うが、潔は婦人服で勝負がしたい、と譲らない。
だったら売れる仕掛けを考えてくれたまえ、と大島。
大島はそこそこ機嫌は良く、潔や紀夫に酒を勧める。
大急のほうから取引をしたいと思っている店はあるのですかと訪ねる潔。
実はね、一店だけあるんだよ、とカードを見せる大島。カードを見て驚く潔と紀夫。
「女房が言うんだよ、間違いなくいい店だ、とね」
「わしらが間をつなぎます!」

無理して酒を一気飲みする紀夫。

すみれたちの自宅。
すみれお嬢様が新聞に載るやなんて、と嬉しそうな喜代。
「今は子供が多いでしょう、商店街の話題のお店と言うことで取り上げたいんやて」
そのとき外で物音が。
出てみると、門のところで倒れている紀夫。酔いつぶれてしまっているようだ。
胸にキアリスのカードがあるのに気づくすみれ>
  
まあ明美ちゃんも浅田さんも栄輔さんも幸せになって欲しいね。もっとも結婚するとかだけが唯一の幸せの形ではないけれど。
(私の立場からすると、ドラマの登場人物がみんなだれかとくっついて、子供もできて、それをもって幸せ幸せと言われると、ちと「えーと」な感じだけど(^_^;))
  
そうか、このときはベビーブームだったのね。日本は戦争で1度すべてを失い、新たな出発点に立ってむしろすがすがしく、苦しい中でも頑張れた。子供は未来の象徴。未来を信じられたからみんな子供を産んだ。逆に、今の社会で少子化になるのはあたりまえ。既得権益を持ったもの達がそれにしがみつき、それを守ることしか考えていなくて、彼らも含め誰も、未来に明るい気持ちは持てない。何かを手放さなければ新しいものは得られず、成長もない。まさか、だからまた戦争をしよう、とかいう論理ではあるまいが、何かを失うことは悪い一方のことではないのだ。
とはいえ、当時にすでに老いていた人々はいささか気の毒かもしれない。失ったことを嘆き続けずに先を見て進もう、というのは若い人たちだからこそ思えること。戦後のことを語るとき、スポットライトが当たるのは、当時十分に若くて道を切り拓いた人たちばかりだけどね。あ、でも五十八さんはもう孫もできたおじいちゃんか。それでも若い人たちが進んでいくのを後方支援することで生き生きとしている。当時、五十八さんやそれ以上の年代の人たちの気持ちはどんなだったんだろう。
  
今は当時の、「若くて先を見て進もうとしていた」人たちが老いてしまい、そのときの気持ちを忘れてしまっているのだろうか。いや当時頑張っていた人々の多くはもう亡くなっているのか。
 
世代論や社会のことは置いておいて、個人的なことに焦点を当てても、「何かを得るためには何かを手放す」逆に言えば「何かを失えば、何か新しいものを得られる」のは真理だ。創造のエネルギーというものは不足からこそ生まれる。不足を何とかしようとして、そこにエネルギーの流れが生まれる。「ないなら作ればいい」のだ。ただ「持っている」ところにはそのエネルギーは生まれない。そして生きる、とはそのエネルギーの流れそのものだ。持ちすぎてしまっている人、持ちすぎてしまっている社会、は淀む。今の社会の淀みは持ちすぎてしまっているから。それなのに、なお、持っているものを守ろうとし続け、さらに得よう(決して創造ではなく)としている人間の性…。
posted by おーゆみこ at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第48回:幸せのコツはシンプル  #NHK #朝ドラ

紀夫くんがらみのゴタゴタが長引かなくてよかった。

<紀夫はできるようになったばかりのお手玉をさくらに見せる。さくらも笑い、紀夫も久々に嬉しそうである。
 
ファッションショーの会場。板東営業部として婦人服のライン「オライオン」の資料を客達に配り、来賓に挨拶する潔と紀夫。すみれたちはキアリスのカードを配る。

ドレスを着て居並ぶすみれたち。プロのスタイリストらしき人がついて見た目をチェックしている。いよいよショー開始。音楽がかかり、女たちがステージに登場すると客の女性達は歓声を上げる。近江の静子と節子までモデルとなっている。レコードが針飛びし、音楽がブツブツ切れて調子が狂ったのか節子は転んでしまったりするが、それでも嬉しそうだ。
最後にすみれたち4人が登場。大きな拍手。紀夫も笑顔だ。
  
モデルの女性達を紹介するすみれ。
商店街の女性達は時子が代表で挨拶する。とぎれとぎれながら
「商店街の主婦です。こんな機会をいただいて……これから前を向いて生きていけると思います、ありがとうございました、子育て、頑張るぞ!」
涙ながらに語る時子に大きな拍手。時子父も感激の面持ち。

「ずっと田舎暮らしでしたけど、こんなお洋服着せて戴いて、心が晴れやかになりました!」
と近江の静子が言うと、節子も満面の笑みで
「また呼んで下さい!」
「みなさん、頑張りましょうね」
と悦子。

キアリスの紹介をするすみれ。戦後の苦しい中、自分にできることを考えて今のお店を始めた。夫が帰ってきて生活に対する不安も少なくなった、だからこそ気づいたのは
「お店が、私の人生の喜びになっているということです。世の中にはいろんなことがあるけれど、仲間が居れば、大きな力が生まれること、独りでできないことも仲間と一緒ならできること、女の人も、そんな夢を見ることのできる世の中になれば、と思っております」
涙を流しながらそう話すすみれ。
じっと聞いている紀夫、そして栄輔。
「人を信じることの豊かさと、夢を叶えていく姿を、……私は、娘に見せてやりたいです」
拍手を始める潔。皆がそれに続く。鳴り止まない拍手。

じっとそれを見ている年配の男がいる。

ショーの後片付け。栄輔の姿がないことにブツブツ言う社員達。

人のいなくなったステージでドレスを身体に当てて軽くステップを踏み、嬉しそうなゆり。

栄輔は事務所にいた。背中に荷物を背負っている。潔が入っていくと
「兄貴…もし兄貴に会えていなかったら…どないなっていたやろな…」
そして潔に向き合い
「兄貴のおかげで生きる希望が持てた。いつか…兄貴のおかげで今があると言えるようになりたいわ」
「どうしたんやいったい」
「なんや、伝えとうなってな」

それきり栄輔は姿を消した。

紀夫はすみれに
「あんな…。すみれの気持ち、よう分かった。自分だけ…浦島太郎のような気になってたけど…それではあかんのやな」
「…ありがとう…」
紀夫に抱きつくすみれ。すみれの頭を撫でる紀夫。
やっと…やっと、これからが、今、始まろうとしています、とナレ。
止まっていた時計のねじを巻く紀夫。動き出す時計。>
  
人間だから心が傷ついたり、気持ちが腐ったり、しないでいることはできない。嫌なことに全く遭わないでいることもできない。紀夫くんのような壮絶な体験をするとその傷も深く、容易に回復はできなくても仕方がない。
とはいえ、それを癒やす力を持っているのは自分自身だ。人に依存しても癒やされない。依存、というのは前にも書いたように、自分が誰かにあからさまに甘える、ということだけではなく、「甘えて欲しい、頼られたい(それによって自分の存在感を確認したい)」という形でも依存と言える。
けれど、仲間の中で自分の存在感、「居場所」を見いだすこと自体は大切、というより人はもはやそのために生きているといっても過言ではない。
だが、他人を不自然にコントロールすることなく、互いを尊重し、その世界を認めることでしか、本当にはそれは実現されないのだ。
  
傷ついても、そこから立ち直る自分の力を信じ、いつまでもウジウジとしていないこと。暗い顔をやめて、笑顔になること。幸せのコツはシンプルなのである、だがそのシンプルがときにとても難しい。難しいけれども、そこにしか正解はないのだ。
  
紀夫くんが賢い人でよかった。自分を客観的に冷静に見れる人だったからよかった。
すみれも、むやみに反抗せず、栄輔に自分の気持ちをちゃんと言わなければと言われても、一方的に紀夫に訴えるという形を取らなかったのがよかった。
  
栄輔くんは戻ってきて欲しいな。やっぱり明美とのフラグはあると思う。

そういえば節子や静子も可愛くなって。長太郎さんもゆりと潔の小芝居につい笑ってしまったりして、すっかり「いいひと」モードになってるけど、それも嬉しいな。とにかく朝ドラでは悪い人を見たくないのです。
posted by おーゆみこ at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする