2016年12月23日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第71回:伝えなければ! #NHK #朝ドラ

ん〜。

<夜。寝室にいる潔はふと気配を感じる。父の野上が縁側にニコニコしながら座っている。
どうしたんや、あっちはどうや、と声をかける潔。
お前に会わずに来てしまったなあ、と野上。
無念やった、でも命というものは継がれていくんやと思ったらすっとなった、わしにはお前がおる。
そして野上は、
わしに孫ができるらしいやないか、と言って嬉しそうに
「孫か…けへへへへへへ」
と笑う。

目覚める潔。
朝食だと声をかけられ、五十八とゆりの待つ部屋にいく。
  
五十八に、父親が出てきたと話す潔。野上は何を言っていた、と尋ねる五十八。
無念やったけど心の整理はついているようだった、と潔。

もう一度父に会ったら、坂東営業部を頼むといわれると思った。だがそうではなく、ただ笑っていた野上。
「もし生きていたらそんなふうに笑うんだろう、孫ができたことをただ喜んで。……みんな生きていれば変わる。変わることが生きるということなんやて、おやじの喜ぶ顔を見てそう思った」
と潔。

「潔君の幸せってなんや」
と改めて聞く潔。

潔は五十八ではなくゆりのほうに向きなおって
「わしは、ゆりと、ちゃんと家族になりたい」
泣き出すゆり。そして潔のほうを向いてうなづく。
「洋裁教室も軌道に乗ってきたし、もう仕事はいいと思っている、それ以上に大事なものができたから。これからはこの子をしっかり育てたいと思てます」
家を建てよう、わしらの家を、と潔。
ありがとう、と喜ぶゆり。そんな二人を優しく見つめる五十八。

喜代を見舞うすみれ。まもなく退院できるようだ。

キアリスの前で店を見ながらたたずむ紀夫。お父さんのどこが好き、とすみれに尋ねるさくらのこと、キアリスを辞めさせてください、紀夫さんとさくらに迷惑かけている、とみなにいうすみれの姿を思い出している。

そこへ潔が通りかかる。紀夫を伴ってあさやに行く潔。
浅田はシナモンティーを二人にいれてやり、初めて飲むらしい紀夫に、すみれの青春の味だ、と伝える。これを飲みながら仲間と刺繍などしながらしゃべっていた、そしてここに店を出して、それが今や大急やもんな、と感慨深い浅田と潔。

その場で紀夫は潔に、話がある、と切り出す。

その後紀夫は近江の五十八に会いに行き、坂東営業部を辞めさせてください、と頭を下げる>

忙しく(遊びまわって(^_^;))どうも私評を書いている暇と気力がなく抜けがちになっていてすみません。

ゆりの気持ちはわかるような気もするものの、ちょっと納得いかないところがある。
まあでも、やはり伝えにくいし、怖いのかな。潔は仕事をバリバリしている自分が好きなんだ、と思って、そうでなくなったら自分に価値がなくなる、と考えてしまっていたのだね。それをそう簡単には伝えられないかな。
結局ここできちんと伝えることができたからいいんだろうけど、私はやはり、いいことであれ悪いことであれ、そしてもちろん逡巡は当然だし伝え方にも気を遣うべきだし、タイミングもあると思うけれど、最終的には自分の想いを「伝える」ということが一番大事なことだと思っている。伝えることから始まる。伝えなければ始まらない。

世の中のあらゆる問題…というと大げさかな、少なくとも人間関係における問題は、究極にはコミュニケーション不足に起因している、と思っているくらいである。一人ひとりの世界は違う。コミュニケーションをとったからといって、互いに世界が一致するわけではない。結局分かり合えない、世界観は異なる、ということも多いだろう。けれど、少なくとも互いがどのように考えているのかが分かれば、対処のしようは出てくる。
 
まあそのディスコミュニケーションに基づくすれ違いこそがドラマやら文学やらを生むことになるんだけどね。誤解やすれ違いにも含蓄はある、のだけども。
  
ゆりがきちんと想いを伝えないままで潔から距離を置いたのはちょっと腹立たしくさえあった。潔はいつもゆりのことを考えていてくれているのに。とはいえ、潔もたしかに、これまでいちいち、ゆりの話を聞いても、結局「俺に任せておいてくれ」みたいな結論にしてたか。それでゆりが「わかってもらえない」感を強めたんだな。
  
そういえば幼いころは「思っていることをうまく口に出せない」キャラのすみれが、潔にねだってあさやに連れて行ってもらってはぐれたことで潔が五十八に責められたとき、思いのたけをはっきり伝えた。そしてそれを潔に褒められた。
それ以来、すみれは一番、「自分の想いをきちんと伝える」キャラになっている。
 
紀夫君も今回、逡巡の果てに思いを伝える運びとなった。
「自分が何をしたいのか、何が好きなのか、を知り、それをちゃんと伝える」
これがこのドラマの根底の哲学なのかな。だとしたら大いに共感する。
  
コミュニケーションが苦手な人は多いとは思う。うまく話せない、考えをまとめられない、とか、単純に面倒くさい、とか。でもすみれだってもともとは苦手なタイプだった。今だって控えめな態度ではある。それでも自分の思ったことはきちんと伝える努力をしている。「もともと得意なほうではない」という設定には意味があったのだろう。
でもたとえば紀夫君が大勢の人の前で話すことが苦手だ、ということ自体は克服の必要はない。コミュニケーションの形は様々。それでも、伝えるべき人に伝えるべきことを伝える、のは「苦手」ですませてはいけないことだと思っている。



posted by おーゆみこ at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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