2016年11月23日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第45回: お洒落は生きる力 #NHK #朝ドラ

麗子もなんか可愛い。

<開店準備をするすみれたち。
紀夫は仕事を紹介してくれそうな人に会うので開店の日には行かれないと言う。
  
開店したキアリスは大盛況だ。型紙は人気商品になっている。明美は母親達の相談を受け、それを引き取って君枝が商品を紹介したりもしている。
潔や栄輔もやってきて盛況に喜ぶ。

夫が戦死してしまった時子。ショーウインドーを見ながら、仲間達が時子の気持ちを引き立てようとするが、時子の顔は曇っている。
ところが、すみれが、子供服の型紙もあるんですよ、と声をかけると
「大人のも、あったらいいのにね。…おしゃれでも、したいわ!」
そういって笑顔を作る時子。喜ぶ一同。
 
良子が苦手としている、派手な女性の麗子もやってくる。良子は一瞬怯みつつも笑顔で応対し、レイコもそれを喜ぶ。
  
紀夫は当てにしていた仕事を断られてしまって、町を呆然と歩いている。

キアリスで閉店後、型紙が大人気でしたね、という浅田に、
型紙には、楽しい時間までついてくる。私たちも何か作るとき誰かのことを考えるけれど、お母さんが子供のためを思う時間、それも型紙にはついてくる、と話すすみれ。
「少しでも少しでも、みんなが希望を持ってくれたらええなあ」

紀夫がキアリスに近づいていくと、中では商店街の人たちや関係者が今日の盛況を喜んでワイワイ楽しそうにしている。 さくらを抱き上げる栄輔、栄輔に「好きー」とさくら、さくらはほんまに栄輔さんのことが好きやねえ、とすみれ。
顔を曇らせ、よろよろと立ち去る紀夫。

自宅で、灯りもつけずに、じっと座っている紀夫。

そこへさくらを抱いた栄輔と、すみれ、喜代が帰ってくる。
突然家から飛び出して、栄輔につかみかかって押し倒してしまう紀夫。
だが何も言わず、すぐ立ち上がり
「おかえり…」
と言ってまた家の中に入ってしまう。
  
潔の店に、板東営業部の昔の社員達が訪ねてきた。また潔と一緒に働きたい、というが、潔は、まだ資金も準備も足りない、という。しかし五十八が
「看板てのは、掲げたもん勝ちじゃないやろか」
はじめは小規模でもいいから、こいつらが働ける場所を作ってやってくれ、と五十八。
一ヶ月後、潔達は大阪に小さな事務所を借りて「板東営業部」の看板を掛ける。

これからは婦人服や、女性達はおしゃれをしたがっている、と紀夫に話す潔。
近江の麻を使えないだろうかと考えているという。

近江。麻で洋服を作ることを長太郎たちに提案している潔とゆり。サマードレスを作ろうと思う、という潔に、ぴんとこない顔の長太郎。
ゆりは節子と静子にデザイン画を見せ、これを一着ずつ差し上げます、と言う。素敵!と思わず声を上げてしまって慌てて節子を伺う静子、だが節子ももったいぶって「そんなに言うなら断るわけにはいかない」と言うが、実は心動かされている様子。  
長太郎曰く、洋服に向く薄い麻を作るには、石鍋という業者がいいだろうーーが、それはかつて酒の席でゆりと悶着を起こした業者であった。だがゆりは
「私に任せて戴けませんか」

キアリス開店後一ヶ月。当初の盛況はどこへやら、閑古鳥が鳴いている。てこ入れを考えようとする一同>
  
「看板は掲げたもん勝ち」
今日はこの五十八さんの言葉にはっとする。
そうだよね。準備が整ってから看板を掲げる、というのもありだけど、準備半ばで看板だけ掲げてしまう、ってのも大いにある。
準備がゼロではちょっと何だけど、準備が100%にならなくてもいい。むしろ看板を掲げたことで拍車がかかってエネルギーが回り出す、ってのはある。
試行錯誤も頭の中だけではできない。文字通り、やってみないと。やってみて、失敗するのがむしろ当然、と思ってまた試みてみる。準備が完全に整った!と思ってやったら、かえって失敗したときにダメージが大きい。まだまだだけどとりあえずやってみよう、で(まあ程度問題はあるとはいえ)いいんじゃないか。
 
 
前にも書いたが、私もビジネス系の話はめちゃくちゃ苦手であるが、現在、雇われてやる仕事をあえて減らしてしまって、自分で営業せざるを得ない状況になっている。だが前になかなか進めない。思い入れの少ない部分の方が進めるかな。手作りアクセサリーなどを売りたいと思いつき、まだまだなにも整っていないのは分かっていたけれど、フリマ出店を申し込んでしまい、その出店日までに色々頑張ったけどまだ間に合わず、全くいきあたりばったり風味で出店。案の定全然売れなかったけれど、とりあえずものすごく勉強になったとは思える。なるほどなるほど。事前に考えて準備すればいいとはいえ、やはりやってみないとピンとこないところはある。売れなかったけど意外にもめげていない自分がいる。むしろ初めてで妙に繁盛したら勘違いしてしまったかもしれない。
アクセサリー作りは、とはいえ、自分のメインの商売にするつもりではない。まだ構想は色々ある。ま、この「色々ある」がむしろマズいんだろうけど。ひとつにエネルギーを絞りきれない。器用貧乏という言葉はまさに私のためにある言葉。あれもこれもやってみたく、どれもそこそここなせるんだけど、エネルギーが分散しているせいもあり、どれも「そこそこ止まり」になる。でも私はとりあえずこの器用貧乏路線のままでいいと思ってはいるんだけど。若干の修正を考えなければとは思うけど。

  
ああっ、また飛躍した、しかも今度は思い切り自分語り。失礼しました。
ともあれ、商売に限らず、なんでも
「看板を掲げたもの勝ち」
というのは大いにありだ、と思うわけであります。
そして失敗は成功の元。言い古された言葉ではあっても、だからこそ真実である。
 
***
昨日の分(福島の地震と津波の影響で放映が今日になった)でも書いたが、衣服を着ておしゃれをしよう、と思うことは人間にとって実はとても大事なことなのだと思う。比喩的な意味でも、物理的にも。このドラマはそこも言いたいのかもしれない。衣服を着ておしゃれをする、は浮ついたことではない。人が人となること、そして希望をもって進んでいくことの象徴。
歳を取っても、なにかしらのおしゃれをしている人は元気で長寿。元気だからお洒落をできるという説もあるけど、お洒落を心がけるから元気を保てる、という面も大きいと思う。
  
また自分(周り)語りになるが、83歳になった我が父はお洒落である。今でも現役で仕事をしていて毎日出かけていくが、お金はかけられないけれど着るものにはちゃんとこだわっている。出かける用事のない日でも朝にはちゃんとひげを剃り、隣にあるスーパーに行くのでも身支度はきちんとする(そういうところは私自身はサボっちゃうんだけどね〜。近所に出るときはすっぴんで、ほぼ寝間着同然で出かけてしまう(^_^;))。そういうふうにしようという「心がけ」が彼を歳よりも若く元気に保っているのだと私は思う。
私も貧乏だから服や化粧にお金はかけられないけれど、そして私のおしゃれ感覚はどうもいまひとつ貧乏くさいけど、お金をかけられない分、なにかしら手をかける。手をかけるのが楽しいんだよね。安い服を買ってきて、デコる。すみれのいう「楽しい時間」。私の場合は自分のことしか考えてないけどね。子供が居たら私も絶対自分で色々作るだろうなあ。ああ、そうか、アクセサリーとかも今は自分の創作意欲(なんちゃってですが)を満たすだけだけど、そのうち、「誰かのためを思って作る」にシフトしていけるといいのかもねえ。
  
てことで、お洒落もまた、人として生きる力の基(もとい)。決して虚栄ではない。欲しがりません勝つまでは、とか言って、ささやかなおしゃれすらにも目くじらを立てた(というのはたしかいつかの朝ドラにそんなシーンがあったな)戦時中。そんなんだから負けるんだよ! いや負けて良かったけどね。あそこで負けなければ調子に乗ってもっと悲惨なことになるまで目が覚めなかっただろう。



posted by おーゆみこ at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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