2016年11月15日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第38回:不安や寂しさとの孤独な戦い #NHK #朝ドラ

だれでも寂しさ辛さを抱えている。

<商店街に女性達が集まっている。家具屋が閉店してしまったのだという。

あさやで作業をしながら、(自分たちの)子供達もどんどん大きくなるね、と話すすみれたち。服をつくってやりたいね、と言い合う。
  
浅田が、2つ先のその閉店した店舗に移らないかと言ってくる。
「あちらは、ここよりも大きい、夢も大きくなると思いますよ」
「夢…」
「家賃…かかるやろ…」

店舗を見に行く一同。広さに驚く。
ここなら子供服も置けるんやないか、あんたら子供達に作ってやりたい言うてたやないか、それも売ればええんやないか、と提案する明美。
目を輝かすすみれ。

民江と良子が話している。
「すみれちゃん、やりたそうやったね」
そして民江が
「私ね…」
と言うやいなや
「私もそう思う」
と良子。私たちはもうお互いの考えていることが分かる、同じことを考えている、と。
「私たちもし主人が帰ってこなかったら…」
「…子供のために必死やったろうね」
すみれちゃんのためにも、できることやらなね、と二人。主人に相談しようということになる。

街角には靴磨きの少年。

闇市の潔達の店の片隅に、これは売るべからず、と紙を貼った栄輔の傘が立てかけてある。

潔が帰ってくる。どうやった、とゆりが聞くと
「統制ばっかりでらちがあかんわ」
お義父さんの言ってることは分かるけど、ええもん作って売るなんて無理や、と。
複雑な顔になるゆり。

夜遅く、五十八も帰ってくる。復員省まで行ってきたが、紀夫の消息は分からないらしい。

はなが身体が弱いにもかかわらずしっかり働いてくれたということをゆりに話している五十八。 感謝してもしきれないと言う。やさしかったお母様しか知らないけれど、強い人だったんやね、とゆり。
「やさしいいうことは強いいうことや」
と五十八。
辛いこと、悲しいこと、そういう気持ちを知ってる人間が強くなれる、やさしくなれる。

自宅でひとり、紀夫を想うすみれ。

花売りの幼い少女からささやかな花を買う明美。その花を店に飾る。

子供服のデザイン画を一同に見せる君枝。感激する一同。
子供服も型紙を売ることを思いつくすみれ。賛同する一同。
  
新しい店の方に、それぞれの夫達を連れてくる君枝と良子。すみれと明美も立ち会う。家賃について尋ねる勝二。
浅田は、破格で提供してもらえる、と説明。ベビー相談室の盛況を見て、可能性を感じ、ぜひここに入って欲しいと皆が望んでいるというのだ。

店に転がっていた怖いお面を見て突然泣き出す子供達。健太郎と龍一は父親に抱き上げられるが、さくらはすみれが守るしかない。
  
それぞれ父親に抱かれながら去る男の子達、それを黙ってじっと見ているさくら。
突然栄輔が現れてさくらを抱き上げ、高い高いなどしてあやし始める。

栄輔はすみれに、どこかで手に入れてきた刺繍糸を渡す。すみれが躊躇していると、明美が横から
「ありがと」
「お、…お、おう」
 
「優しいなあ…」
二人が去ってから、、独り言を言ってあさやに入る明美。なんとなく寂しそうな姿を浅田が見守っている。
 
はなのナレ。
「不安との戦いは、自分との戦いだと言います。なぜなら、不安は自分の中にあるからです。不安や孤独を知っているからこそ、」

抱き上げているさくらが笑顔になっていることを喜ぶ栄輔。

「…だれかの優しさや、暖かさが、沁みるのです」>
  
今朝は私も(これを見る前だが)、切ない夢を見て、妙に寂しい気持ちで目覚めた。というか、夢の中ですでに、わけも分からず、何も特別なことはないのに、とてつもない寂しい気持ちに襲われてしまったのだ。そしたら夢の中では、とっくの昔に亡くなった、亡くなった当時と同じままに若い母親が、隣で寝ていた。私は自分がいい大人であることを十分に自覚したままで、その母親に手を伸ばし、何も言わず目も閉じたままで私を自分の布団に招き入れた母親に抱きついて母を呼びながら泣いた。母はやはり何も言わず目を閉じたままだが、私の頭を撫でてくれた。私は泣き続けた。この母親が、今はいないということも夢の中ですでに分かっていた気がする。 だから私は涙が止まらなかった。本当に目覚めてからも、奈落の底に落ちたようなとてつもない寂しさは残っていた。
このことをFBにも書いたが、書きながらまた涙が止まらなかった。そして再びこれを書きながら涙が出てしまう。
  
母が恋しい、というわけではなかったと思う。ただなぜか寂しかった。その寂しさを癒やして欲しかった。そんな寂しさを感じることもなく(いや実際は感じることがあったのだろうが)本当に母に頭を撫でられて安心できた子供の頃に戻りたい、という気持ち。 

  
不安との戦いは自分との戦い。本当にそうだと思う。どんなに順風満帆であっても、なぜだか、何か分からぬ不安や寂しさにつきまとわれるのが人のサガなのかもしれない。思い出してみれば、結婚した直後、幸せ一杯のはずなのにやっぱりこんな、わけのわからない寂しさに襲われて泣いていたこともよくあった。愛する人がそばに居ても、そして母親に頭を撫でられていても、根源的な不安や寂しさは完全に消えることがない。
「なぜなら不安は自分の中にあるからです」
そうだなあ。だれも自分の不安を肩代わりしてくれない。母親でさえも。肉親はやはり不安を和らげてくれる存在ではあると思うが、やはりもはや「他者」なのである。
けれど、たしかに、そんな自分の中にあって自分で戦うしかない不安に負けそうになるとき、力をくれるのが優しい他者の存在だ。母親はその代表格であろうが、赤の他人であっても少しは助けになる。まさに「…だれかの優しさや、暖かさが、沁みるのです」だ。
  
でもそんな「だれか」の存在すら見えないときもあるだろう。明美の孤独。靴磨きの少年や花売りの少女のショットが何を意味するのかと思っていたけれど、ああ、そうだ。これだな。おそらく少年も少女も孤児なのだろう。独りで生きていかなければならない存在。明美は花売りの少女に自分と同じ孤独を見て、花を買ってやった。孤独な境遇の人間は、その孤独故に、他の孤独な魂と繋がれる。ああそうだ、浅田もまた孤独なのかもしれない。
このドラマにおけるテーマはそこではないと思うが、孤独、の描かれ方に少し期待してしまう。>




posted by おーゆみこ at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。