2016年11月02日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第27回:思い込みを壊す  #NHK #朝ドラ

私も人のことは言えないけど…。

<やってくるはずなのに来ない明美を待っていたが、諦めようとする3人。良子は、約束したのに来ないなんていいかげんな人なんじゃないの、などと言っている。

そこへとある帰還兵が。良子の夫の勝二であった。
友の幸せを喜びながらも、紀夫のことを思って複雑な気持ちのすみれ。民江もまだ帰らぬ夫を思う。
  
良子は家で、さつまいもを煮た後の汁や、わずかな配給の塩鮭などを勝二に出そうとするが、勝二は息子の龍一に全部やってくれと言う。勝二は上海の港にいたというが、それ以上は話したがらない。
明日は仕事を休む、という良子に、わしのことは気にするな、という。

夜も更けてから、あさやにやってくる明美。
病院を首になったという話を聞いて、ひどい話や、と浅田。
「うちは…そういう星の下に生まれたんや」
「あかん言うてますやろ、そういう考え方は」
みんなには言わないでくれ、と明美。しかし寮は出なければならない。どうするのか、と心配顔の浅田。

翌朝、早い時間にすみれと民江が来るが、明美がすでにいる。きのうは急患があって、と言い訳をする明美。
良子もやってくる。せっかく夫が帰ってきたのだから休んでも良かったのに、とすみれたち。
  
テーブルクロスを発注したことを明美に話す民江。ホームパーティのためと聞いて「豪勢なこっちゃな」と辛辣な明美。だが通訳のために打ち合わせに同行することは承諾。良子は残って留守番するという。ちゃんとお客さんの相手は出来るのか、と嫌みを言う明美。子供じゃないんだから、と反論する良子。
  
テーブルクロスを発注したランディ夫妻との打ち合わせ。母国からやってくる友人達が集まるのでそれにふさわしいものにしたい、と言う夫妻に、パッチワークはどうかと思いつくすみれたち。明美は立派に通訳し、さすがだと感心するすみれたち。 

 
テーブルクロス製作に気持ちが浮き立ってきている一同。だが店に戻ると、良子が、自分は辞めると言う。やはり夫を支えたい、というのだ。奥様は気楽でええなあ、とまたしても嫌みな明美。悔しかったら自分も結婚すればいいじゃないかと返す良子。私は仕事を持ってますから、と明美。>

明美と良子の確執、分かると言えば分かる。互いに相手のことを良く分からないまま、表面だけを見て反発し合う。
その底流には、それぞれのプライドがあり、かつさらにその背後にはコンプレックスがある。
  
明美は貧乏ということに必要以上のコンプレックスを抱き、それを克服するために自力で頑張って、そこにプライドを持っているが、そのプライドも脆いものだ。
相手に対して歯に衣を着せぬ強いことを言うのは、必ずしもその人が本当の意味で「強い」からではない。弱い犬ほどよく吠える、という通り、自分の弱みを見せたくないから先制攻撃をする。
  
良子は良子で、役立たずな自分、と自分を勝手に規定して、コンプレックスを持っているのだろう。待ちに待った夫は帰ってきた。相手ももちろん良子を気遣っているのだが、良子が心づくしをしても夫は遠慮してしまう。本当は彼女はもっと、帰ってきた夫に「甘えて欲しい」のではないか。自分が甘えたいよりも、相手に甘えて欲しい。それではじめて自分の存在意義を感じられる。
  
人間は本当に、自分の存在意義を求めてあがく存在である。それも、何度も言うが、人間として。つまり人と人との間にこそ存在意義を求める。平たくいえば、自分が誰かにとって必要な存在でありたい。
  
明美も良子も、そのコンプレックスには実は実体はない。貧乏であることをバカにされていると思うのは彼女の思い込みである(だから五十八の姿にやや意外な感を持っている様子)。だがその思い込みに基づいた言動をしてしまうことで、その思い込みがときに実体を持ってしまう。
良子も自分が役に立っていないと思うのは(たぶんそう思っていると私は考えているのだが)やはり思い込みに過ぎない。うんと年上の夫にずっと可愛がられてきたのだろう。それでもどこか物足りない。
夫にはむしろ、仕事は休んでそばにいてくれと言われたかっただろう。でも夫はむしろ仕事に行けといった。自分で選んだこととはいえ、テーブルクロスの打ち合わせにも行かないことにしたが、それも「自分が行っても別に役に立たない」と思ったからだろう。そして1人留守番しているうちにその思いが募ってしまった。
  
民江は消沈して身体を壊すほどに、一時期徹底的に悩み落ち込んだからこそ、今浮き上がろうとしている。お国のために、と信じていたことが「思い込み」だった、そしてそれを壊される経験をしただけに、脱皮できている。
  
  
話は変わるが、わが父親は昭和ヒトケタ生まれだが、つまり戦時中に多感な少年時代を過ごし、敗戦によって価値観ががらりと変わった。だからこそ、「昭和ヒトケタ生まれはそう簡単には世間の価値観を信じない」ようになっている、と父がよく言っている。昭和ヒトケタといえば、大橋巨泉なんかもそうだったね。今上天皇だってそうである。きのうまで信じ込まされていたことががらりとくつがえる経験。
思い込み、が壊される経験はむしろ貴重だ。

なにかが壊れるということは、だから悪いことばかりではない。
  
  
  


posted by おーゆみこ at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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