2010年05月13日

第40話 見栄とかプライドとか #gegege #nhk #drama


<茂は布美枝に密かに金を出させて、音松を喫茶店に連れていく。音松はどうやら金を貸してほしいと持ちかけたい様子なのだが、言い出しにくい様子。茂は茂で、音松が茂をそこそこ羽振りがいいと思いこんでいるらしいのを否定できずにいる。

音松が来ていても茂は仕事をせざるを得ず、所在なげ(かつやや挙動不審)の音松を、布美枝が「観光案内」に連れ出す。かつて連れていってもらった深大寺に行き、墓場も茂のお気に入りの場所だと紹介。
その墓場に、美智子がだれかのお参りらしい様子でやってきていた。美智子ははっきりと言わないが、墓には菓子などが供えられており、子供のもののように見える。

音松は布美枝に、どんな話を描いても光るところがあった茂はきっと漫画家としても成功すると思っていたと話す。布美枝は、茂が昔音松に鍛えられたおかげで今漫画家としてやっていけると話していたと伝える。

そのころ茂のところには浦木が訪ねてきていて、音松が借金まみれで東京の知り合いに金を借り回っているが誰も貸さないという話を聞いたのでそのうちここにもくるぞと言っている。茂はとりあわない。だが浦木はさらに、富田書房は新しい企画に手を出して失敗し、茂の原稿料も踏み倒されそうだとも話す。それを聞いて腹を立て、自分がうまいこと取り立ててやるなどと言っている浦木を振り払い、慌てて富田書房に向かう茂。

茂が行ってしまってから布美枝たちが帰ってきた。浦木は布美枝を味方に付けて小遣いをせしめようと画策し始めるが、音松に昔融通した金のことを持ち出され、返せと迫られて逃げ出してしまう>

公式HPで実在の布枝さんの話を読むと、水木しげるさんは貧しいときでも自分の家族や友人にはすぐいろいろ与えてしまって、その分布枝さんが苦労するハメになっていたという。

自分が貧しいのに家族や知人や友人に与えてしまうのは、もちろん、「優しさ」でもあろうが、「見栄」でもある。プライド、というか。家族に対してでも、苦しい生活であることを伝えないのは、家族を心配させたくない、という配慮である部分もあるだろうが、心配「されたくない」という見栄もある。家族にたいしてだって人は見栄を張るのだ。むしろ他人にたいしてよりもっと張ってしまうかもしれない。家族は心配もしてくれるだろうが、容赦なく馬鹿にしたり「そらみたことか」的なことを言ったり、叱ったりするかもしれないし。失敗したこと、上手く行っていないことは伝えたくない。
男というのは…とは言えない。私だってそういう見栄は大いにある。「弱みを見せる」のは苦手だ。何を「弱み」と感じるかは人によって違うではあろうが。

そこへ行くと、浦木などはつまり、そういう見栄やプライドが少ない存在なんだな。もちろん見え透いたカタチでは見栄張り君するのだが、根本的には「甘え上手」である。…というよりやっぱり「弱み」のあり方が違うのか。

もちろん見栄やプライドが悪いわけではない。それがあるからこそ人は頑張ろうと思うし、人としての品や矜持を保っていくとも言える。なりふりかまわなくなったらそれはそれで苦しい。

…などと、例によってドラマからややズレたところで感想を持ってしまう私でありました。中途半端ですが時間切れなのでとりあえずここまで。


posted by おーゆみこ at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの女房 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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