2016年12月16日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第65回:不満は結局自分の問題  #NHK #朝ドラ

なるべく言いたいことは言わなきゃね。

<キアリス大急支店が開店すると待ちかねたように客が殺到した。ほっとするすみれたち。
その日の売り上げは膨大だった。驚く一同。特に売れたのがよだれかけなので、もっと製品を作らなければならない。
売り場に立つ悦子たちは日報を書いてくれていて、現場と経営&制作側の橋渡しになる。それを見て色々話し合いたいすみれたちだが、時間を気にする紀夫。それに気がつき、もういい時間だ、あとは明日にしろと諭す勝二。夢中になって時間を忘れるのはわるいくせだと言われ、紀夫に頬をはたかれたことを思い出すすみれ。
琴子がさくらを預かっているが、すみれたちの迎えが遅く、さくらは眠そうにしている。
さくらを紀夫が背負って、家に帰ってくる一家。だが紀夫が寝てしまった真夜中でもすみれは仕事をし続ける。目を覚ましそれをそっとのぞくさくら。にもかかわらず朝は早く起きて弁当を作るすみれ。
さくらは、すでに靴が小さくなってしまい、履くと痛いようだが、それをすみれに言い出せずに我慢している。
  
道ばたで具合が悪くなるすみれ。商店街の人たちが心配するが、大丈夫だと言ってまた走り回る。店でも明美が顔色が悪い、少し休めとすみれを気遣うが、すみれはやはり大丈夫だと言って大急に打ち合わせだと急いで出て行ってしまう。
  
だが、大急にすみれを訪ねてきたゆりが、相談があって、と切り出そうとしたとたんにすみれは倒れてしまった。
 
過労で3日は休まなければならないと医者に言われてしまうすみれ。それは無理だ、大急との打ち合わせに行かなければ、と起き上がろうとするが皆に止められる。打ち合わせには明美が行ったから、と。
明美は小山と打ち合わせをしている。本邦初のクリスマスセールをする、キアリスさんにもたくさん商品を用意してもらわなければならない、と小山。

ゆりがつきそって自宅で寝るすみれ。
ゆりが再び相談事を切り出そうとしたとたん、紀夫がさくらを連れて帰ってきてまたしても言い出せないゆり。
お母さんは仕事を少し休むけれどさくらは保育園どうする、とすみれが聞くと、明日は保育園には行く、お友達の誕生日だから、とさくら。

そこへ潔がうどんを持って見舞いにやってくる。喜んで食べたあときちんとお礼の言えるさくら。

潔たちが帰ってしまってからも、なにかよそよそしいすみれと紀夫を見比べるさくら。

来週は松島屋との打ち合わせだ、ゆりも一緒に東京に行こうという潔に、
行かない、とゆり。近江に行く、洋裁教室用の麻布を仕入れたい、と言うのを素直に受け取る潔。だがゆりは複雑な顔で自分のお腹をなでる。

川の字に寝ているのだがそれぞれに背中を向ける体勢のすみれと紀夫。
突然さくらがすみれに尋ねる。
「お母さん…お父さんのどこがすき?」
「………」
「お父さんは?お母さんのどこがすき?」
「………」

「ふたりは、答えることができませんでした。このままではいけない。そう思うすみれでしたが」とナレ>

さくらちゃんはとても健気、だけど「かわいそう」とは思わない。でれでれ甘ったれるだけが子供ではないのだ。子供は子供なりに、家族において自分がなんらかの役割を果たしていると実感できればむしろ満足する。すみれは決して自分が忙しいからとイライラしてさくらに当たったりしていないようだし、さくらは決して寂しさを押し殺して我慢しているのではないのだろう。でも靴のことは言わなきゃね。子供だろうが大人だろうが、勝手に我慢して不満が蓄積してあるとき爆発する、というのは、私は基本的には我慢した方が悪いと思っている。伝えても取り合ってもらえなくて、というならそうは言えないけれど。
 
すみれももちろん、「我慢して」はいない。頑張りすぎているとは言えるけれど。もっと他の人に振らなければね。
我慢する、というのは、他の人のせいだ、と内心思っていて不満が募っているのにそれを解放するための行動をせずにいることだと思う。つまり被害者意識。被害者意識がないならそれは我慢ではない。
しかし「勝手に」という点では同じかもしれない。自分一人で頑張りすぎるのも、不満を抱えながら我慢するのも。
ゆりも「勝手に」なにやら思い込んでいる様子。妊娠してしまって今までのように働けなくなったら、潔が好きなゆりではなくなってしまうとでも思っているのだろう。そのばかばかしさはもうまもなく解消されるだろうとは思っているけど。なんであれ引っ張りすぎない、やたらとドラマチックにしない、というのがこのドラマのいいところ。
  
現時点で「我慢」しているのは紀夫君だろう。被害とは言わないまでも、すみれに不満があるのにきちんとそれを伝えられない。
だが問題をややこしくしているのは、紀夫君は「自分の問題」を抱えたままだということだ。自分にこそ不満がある。たいがいの場合、なにかを人のせいにしたり、人に対する不満を抱えている人は、掘り下げていけば「自分に不満」なのである。自分が充実している人は人に不満を持っている暇はない。たとえ家族であってもだ。
紀夫君は自分が自分として生かし切れる環境におらず、そのことについて自分から修正アクションも起こせず、とりあえず周囲から期待される姿に自分を変えなければ、とだけ思っている。方やすみれが着々と成功していく姿を目の当たりにする。焦りやコンプレックスが渦巻いているだろう。

夫婦であれ親子であれ、軋轢があるとしたらその大半は、「自分自身の問題」だと思った方がいい。そもそも家族であっても自分以外は「他人」であり、他人を変えたりコントロールすることはできないのである。できると思っていたらそれは間違い(その間違いにも多くのトラブルの種がある)。しかしもちろんコミュニケーションはしなくてはならない。不満なことは伝える。自分に自信がないとそれができない。そして勝手に不満が募ってしまう。
すみれもゆりも、そしてさくらも、そういう「自分自身について」の深刻な問題を抱えているわけではない。だから彼女たちの悩みは複雑化しないと思う。やっぱ紀夫君だよね…。

子供は、親がそういう「自分について」の悩みを抱えていなければ、多少の寂しさなどがあってもやはり大きな問題を抱えない。今のさくらの悩みは自分の寂しさではなく、両親のぎくしゃくだ。だがさくらはストレートにそれを彼らに伝えられるだけ健やかに育っている。
 
posted by おーゆみこ at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | べっぴんさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする