2011年11月28日

【カーネーション】第49話 ときめきよりもむしろ同志愛がいいのかも

戦争か…。たとえ暮らしている地が戦火に巻き込まれなくても、戦争は人々の生活や心をむしばむ。勘助ちゃんは糸子から見たら弱っちい情けない男かもしれないけれど、穏やかで優しい人。戦地に行くのとは一番遠いところにいる。その勘助が兵隊に行くのは、そりゃさぞかし辛かろう。自分の意志にかかわらず否応なく行かされてしまう。何も悪いことをしていないのに、刑務所に入れられるみたいなもんだ。勘助ちゃんの心情を想像するとこちらが気持ち悪くなってしまうくらいだ。

人情の機微に疎い(?)糸子も、それだけに理屈ではなく直接なにかを感じ取ってしまうのだろう。勘助に初めて赤紙のことを知らされたときはまだ無邪気に、それを名誉なことだと普通に思い込んでいた風情だが、ここで勘助に、何を弱っちい事言ってるの!みたいなことを(少しは言ったが)言い募って励まし続けるようなら、私は糸子のことをキライになってしまったかもしれないが、そうではないようなのでほっとした。墨塗りに憤るのは勘助のことを思ってと言うよりは、お上のやることへの反骨気分なのだろうが、それとて、勘助の心情が糸子にもそれなりにわかるからこそのことであろう。

それにしても洋裁屋があんなに繁盛しているのに、当のデザイナー(?)本人がいつまでも着物姿というのはいったい。率先して自分がデザインした洋服を着、縫い子さんたちにも着せた方が営業イメージ上もええんじゃなかろか? 制服を他の店などに売り込むにも、自分のところがまず範にならないと、とか思うんだが。だんなさんは軽快な洋装でいるのにね。

その旦那さんは、結局(視聴者が)「ときめく」要素はやはりないようだが、それは糸子自身にもなかったのだろう。やはり彼らはお互い「同志」として心地よい関係であれたのだ。まあ子供が出来るのだからそれ以上のものは当然あるのだが、静かな穏やかな愛。それはそれで悪くない。同志としての勝さんは、いつも上機嫌で穏やかな、素敵な人!やはりそれなりに素敵には見えてくる。

私も今、また恋愛したい!とかも思うが、もしかすると惚れた腫れたという気持ちより、はじめから同志としてこのように手を携えて生きていく関係を考えるほうがより良いかもしれない、とも思う。キャピキャピのオンナノコとか若造じゃないんだからねえ。ということは、何の「同志」になるのかということが問題で、つまりは、相手を探そうとか懸命になるより、自分のすべきことを懸命にやる、ほうが正解なのかもしれないと思えてきた。糸子を見初めた勝さんのように、仕事(あるいは趣味でも良いのだろうが)に邁進する姿を見て、それを良いと思ってくれる人が現れるかもしれない。ただ糊口をしのぐ仕事ではなく、熱中できること。人生を賭けられること。今更ながらにそれを見つけたい(もちろん今やっている英語の仕事も大好きなので、こちら方面で考えるのがいいのかもしれない)。
posted by おーゆみこ at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

【カーネーション】第47話 ジコチューでいい

うーむ、目から汗が…。

ゆるゆるのグタグタの結婚式、花嫁が式前に独りで仕事してて遅れるなんて普通に考えたらあり得ない、お母ちゃんぐらいはくっついているだろうに、とか思うが、もはやそんなのどうでもいい。でもこの当時ってそもそも結婚式はこんなぐらい緩いもんなんだろか? そもそも事前にいわゆる「交際」することもなくいきなり式、ってのも今の感覚で思ったらあり得ないけど、それは実際よくあったことなんだろうな。

遅れてきた自分を責めることもなくみんながただ笑顔で祝福してくれる。さすがの糸ちゃんもそれをしっかり感じて涙する。いいねえ。ほっこり。ここでつい私も涙ポロリ。
まあ糸ちゃんはほんと、朝ドラヒロインにあるまじき「健気じゃない」子だけどね。なんというか、言ってみれば「ジコチュー」。周りの人がどう感じているかとかほんとに気にしない。自分の祝言で客を待たせてしまって申し訳ないという自覚すらあまりないみたい。けれどたしかに、意外にそういう人に周囲は惹かれたりする。むしろ周囲にいろいろ気を遣って萎縮してしまう人より魅力的だったりする。ときにため息をつき、腹を立てつつも、そのエネルギーに巻き込まれてしまう。

それにしても奈津ちゃんが男前(?)でぐっとくる。自分がしそこなった祝言。誰よりもきれいな花嫁としてちやほやされたかったであろう奈津が、そんなことはおくびにも出さず、悪態(とはいえ褒め言葉)をつきながら自分の着損なった花嫁衣装を貸してやる。生き方は違えど、奈津は糸ちゃんに自分と同じタイプの「気概」を見、実は共感しているのだろう。それが最初から与えられていた境遇だから分かりにくいが、料亭の女将、という存在に奈津はきっちりと自分を賭け、そこにおける自己実現をまっすぐ見据えている。
奈津には実在のモデルはいるんだろうか。

そして勝さん。「いつも上機嫌」。これは素晴らしい。素晴らしすぎる。この一点だけでもほんとに糸ちゃん果報者。勝さんは糸ちゃんを見てるのが楽しいんだろうな。エネルギー全開で子供のようにまっしぐらの糸ちゃんを、もっともっと走らせてやりたい、そしてそれを見ていたい。それを見て、大笑いしたい。

唐突な感想かもしれないが、思ったこと。やっぱり「自分が自分でいる」ことが何より大事なんだということ。人の顔色を見て自分を抑えたりしすぎてはいけない。自分のエネルギーを殺してはいけない。自分が自分のエネルギーを持って自分を生きれば、それがまた周囲の人のエネルギーを喚起する。それが世界にとってもエネルギーとなる。
人を愛し、人を思いやることはむろん大切だが、それは自分を犠牲にすることと同義ではない。人間にとっての「義務」は、各自がそれぞれのエネルギーを大事にすることだ。それによって世界にエネルギーを生むことだ。人のことはとりあえずその人に任せておけばよく、まずは自分のことを考える。
私は信じているのだが、各自には持って生まれた使命というものがある。そしてその使命というのは、必ずや「自分以外の他の存在を幸せにする」ものであるはずだ。つまりは、自分が自然に欲することを追求して「自分を生き」れば、自動的に「人のため」「世界のため」になるのである。自分を犠牲にしたりしていてはそれが叶わない。

だから、「ジコチュー」でいいのである。

ちなみに、嫌なジコチューというのは、たいがい「被害妄想」を伴っている。「人がなにかをしてくれないと機嫌が悪い」というようなジコチューは、それは褒められない。
けれど「いつも上機嫌なジコチュー」だったら、それはそれでいいのだ。ときに人に「迷惑」をかけることがあるかもしれないが、それにたいしても自分で責任をとって、落とし前をつける…広い意味でね。少なくとも、だって○○が××だったから〜!とか責任転嫁しない。人に嫌われるならそれも自分の責任と受け入れる(気にしない、という態度も含めて)。
けれど、「感謝」は必要だ。自分を活かす、自分を生きる、のは自分の「責任」ではあるが、それを可能にするのは実は自分の力ではない。本当は自分は活かされている、生かされているのである。それを感じて感謝することが、これはもう絶対的に必要。

今日の糸ちゃんの涙は、糸ちゃんなりにそれが分かった涙。
よかったね。忘れちゃダメだよ。
posted by おーゆみこ at 10:04| Comment(1) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

【カーネーション】第45話 革新的男性

まあ本人はピンとこないにしても、条件的にはかな〜りラッキーだよねえ。あ、そういや今週のサブタイは「果報者」だのう。
川本さんは、働き者ではあるけれど、社長だって怒鳴りつけてしまう気性の糸子を知った上で、それで結婚したいと言う。おまけに、裕福な実家から廃嫡してもらって婿入りでもいいという。この惚れっこみぷりは一体。昨今でこそそういうこともそれなりにあろうが、この時代だと考えるとこれは凄いことなんじゃあるまいか。

「恋愛沙汰」だけではなく、川本さんは糸子を「同志」と感じたのかもしれない。彼もロイヤルでの扱われ方を見るとまだ下っ端だったようだが、なにか熱いものを秘めていたのだろうか。
とはいえ、この当時、いやヘタすれば今でも、女性は男性を補佐するものという考えが強いこの国で、糸子の仕事の腕を見込んで、ともに手を携えてその道を歩んでいこう、と川本さんが考えているのだとしたら素晴らしい。糸子伯父も、なにより糸子という娘のことをよく分かっている、ということを彼の良さとして強調していた。彼女はなにしろあんな調子で、当時だったら「お嫁に行けるんだろうか」と周囲が心配しても無理からぬところだった。
結婚は決して「条件」だけでするものではないが、…まあこの当時は今よりもっと「条件」が幅を利かせていただろうが…少なくとも願ったり叶ったりの条件である。本人の意志をよそに周囲がお膳立てしてしまうというところも、時代背景を考えれば仕方がない。糸子は基本的に今のところ恋愛に興味がないので、逆に積極的にそれに異を唱えるのも面倒なんだろう。

今のところ、川本さんには端から見ていても「ときめく」要素が殆どないのが、見ている側としては寂しいが…。しかしこのドラマ、ナレーションの雰囲気からしても、ここまで完全に「糸子目線」でやってきているのだ。糸子は今川本さんにまったくときめいたりしていない。だから見ている側もちっともときめかないが、それでもしや大正解なのではないかと思っている。

これから糸子の心境が変化して行くにつれて、視聴者側が川本に持つ印象も変わってくるのではないか、と期待している。
あるいはそれは、「ときめき」では結局ないのかもしれない。「同志愛」あるいは理解し支えてくれることに対する深い感謝の念、というものかもしれない。

このドラマは実話に基づいているわけだから、川本さんというのも実際にコシノ姉妹のお父さんがモデルということになるのだが、実在のその方も川本さんのように革新的に、強い職業人である女性と結婚することを選んだというわけなのか。だとしたらそれもまた素晴らしいな。
ラベル:朝ドラ NHK
posted by おーゆみこ at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする