2011年10月28日

【カーネーション】第23話 Stand tall!

きょうもぐっと胸に響く言葉が多かったなあ。

「堂々としなさい。洋服を着て、胸を張って歩くことがあなたの使命だと思いなさい」
「人は品格と誇りを持てて初めて、夢や希望が持てるの」

なにか自分に言われているようだ。

洋服云々はともかくとして
「堂々と胸を張っていることが使命」
たとえ実際の仕事や活動がなんであれ。

最近はまた時々、精神的危機に襲われることがある。そうなると(できるだけ身体を動かして気分を変えることも心がけつつ)ネットを徘徊して、元気の出る記事を探す。
そうしているときに見つけたこの記事がなかなか良かった。
http://abetoshiro.ti-da.net/e2955787.html

人はむしろ、実際の苦難そのものより、「精神的惨めさ」「敗北感」「屈辱感」のほうにやられてしまう、ということに、同意。私などまさにそうかもしれない。実際にはさしたる苦境にはいないし、楽しめるはずのことがいっぱいあるのに、ともするとなにやら「惨めな気持ち」に苦しむ。
けれど惨めさを呼ぶのは、外的環境ではない。自分の態度だ。いわゆる成功をしていなくても、それどころか大失敗と言いたくなるような状況だったとしても、顔を上げて堂々としていればいいのである。
当然ながら、胸を張っているのは「ふんぞりかえる」のとは違う。堂々としている、のは「傲然としている」とは違う。謙虚でありながらも胸を張っていることはできる。
それはまた、自分自身を愛するということにも繋がっている。
周りの人が全部自分をバカにしたとしても、自分は自分を誇る。それができたら怖くない。
「世間の目」を気にするのではなく、自分自身に恥じずにいられたらそれで十分だ。十分だ、が、それが難しいのも確かだ。

人からのお世辞や褒め言葉に有頂天になるのも、人からのそしりや侮蔑にがっくりするのも、根は同じ。
そういうことでいちいち忙しく反応せず、自分の芯をしっかり持っていたい。

だがそれが難しい…。

実際にけなされたり褒められたりして一喜一憂するならまだしも、妄想の中で勝手にそう思い込んで一喜一憂してしまうのが多くの人間のしょーもないサガだろう。それはある程度仕方がない。人々と関わりあって生きていくのが人間であれば、そういう「他の人の見方」から完全に自由ではいられない。

だからこそ、外面もおろそかにはできない。「品格と誇り」を持っていることを、やはり表現しなければならない。人に対しても、そして自らに対しても。だから胸を張らなければ。背を丸めてはだめだ。前を向かなければ。おどおどと目をそらしてはだめだ。気持ちが行動を決めるが、行動がまた気持ちを左右する。

こうやって書くのはすべて自らを鼓舞するため。実際の私は、しばしば背中を丸め、おどおど目を伏せ、余計なことばかり考え、惨めだと自分を思い、苦しんでしまう。糸ちゃんのような「省エネ」の人は羨ましい。余計なことを考えない。多少腐っていてもお祭りがあれば嬉しいし、人に叱られても自分の成長のためと機嫌良く受け止められるし(「我慢している」のではなく!)。こうありたい。

性格を変えるのは難しい、でも「ものの考え方」を少しずつ修正していくことはできる。

Stand tall!
…ようするに、そうあれるように、自分の今できることをやっていくしかないのだ。自分に恥じない自分であろうとするしかないのだ。
(それを、いわゆる財産とか地位とかの外部の概念からは切り離して考えるのが今は課題かなあ)
posted by おーゆみこ at 12:17| Comment(2) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

【カーネーション】第22話 終わりは始まり

(毎日書けてなくてすみません…。視聴&録画環境がイマヒトツ不完全で。現在鋭意対応中ではありますが)

お父ちゃん素敵すぎる。

そもそも糸子が小さいときから、お前が男だったらなと言いながら育ててたのだ。まあ男女云々はともかくとしても、たぶん糸子の非凡なやる気や可能性に本能的に気づいていたんだろう。

そうはいっても旧来の価値観にどっぷり浸かってきた人がそこから一歩踏み出すのは並大抵ではない。お父ちゃんグッジョブすぎる。これは糸子にとってだけではなく、お父ちゃん自身にとっても人生の革命だ。

だれかを縛るとき、人は自分も縛られている。誰かを解放するとき、人は自分も解放される。

それに、人でなくても、しがみついていたモノから手を離したら、どんなにか自由になれるか。

呉服屋が傾いていくのは時代の趨勢で仕方がない。伝統を守ることは大事でも、商売を成り立たせていくのは普通には難しいだろう。
それを認め、受け入れたところから、次のステップが始まる。何かが終わってしまうのは嘆くばかりのことじゃない。終わらないと次に行かれないのだ。言い古された言い方だが、終わりは始まりである。

英語では卒業式のことをcommencementという。これは実は「始まり」という意味だ。卒業は終わりではなく、次なるステップの始まりである。学業だけではなく、人生は卒業と次への進みの繰り返し。卒業は単に何かが終わるのではなく、何かを身につけて了とするのだ。人生の全ての経験が学業と同じで、それを通して何かが身についていく。
業績が悪化してやめざるを得なくなるのだとしても、それは失敗ではない。失敗はあり得ない。次に進んでいく限り。すべて同じことだ、離婚とか人間関係のことも。
すべて、経験として身についている。
「すべてを失った」と思っても、それは真実ではない。物質的な存在は永遠ではあり得ないが、経験や思い出は生き続ける。
次のステップは、直接的にせよ間接的にせよ、それまでの人生の経験の上に踏み出すものである。
後退はありえない。人は決して後退などしないのだ。

お父ちゃんもやっと次のステップに進むときが来た。糸子を全力で支援すると言ってもそれは自己犠牲ではない。自己表現の一つの形である。

木之元さんの存在はお父ちゃんにとって良かった。彼は見るところ、若干軽々過ぎるくらいに、「次のステップ」へ飛び移っていくタイプ。これもひとつの在り方。そのおかげで、変化を好まないタイプのお父ちゃんも刺激される。

糸ちゃんの今後も気になるけれど、お父ちゃんにも俄然注目する気になってしまった。
posted by おーゆみこ at 11:22| Comment(4) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

【カーネーション】第19話 出会い

「誰も悪ない」
心でつぶやきつづけ、とりあえず不満や嘆きをぶつけない努力をする糸ちゃんはやっぱりエライ。

新聞を見て「不況の文字は36個もありました」という糸ちゃんも素敵。記事を読み込んでるわけじゃないのが可愛いのう。(うーむしかし、「今」にリンクしているのう…)
そうそう、それ、夜読んだらあかんよ!そういうのは、朝…というか、昼間読もう。経験上朝もよろしくない。とくに鬱気味になっていると朝の方が辛いからね。

この際恥も外聞もなくなって「ほんとのこと」言ってしまうお父ちゃんもヨロシ。「現実」は受け入れて、そこから理想に向かって歩みを進めるのが現実理想主義(?)である。

でもなんといっても、訪ねてきてくれた山口さんに最後に「負けんなよ」と言われ、それまでさんざん「おちょくられ」気味、しかも「女だからクビにされた」と糸子にとって痛いことを言われ…だったのに、「それ言いに来てくれたんですか」と分かる糸ちゃん素敵。現実を見る、にしても、現実の「良い面」を見る、気づく、というのも大事!

ともあれ腐りきることなく、自分のできることでとにかく歩みを止めない糸子に、新たな出会い、新たな展開が。

こういう展開があるとたいがい、「都合良すぎる」とか言う人が出てくると思う。まあこのドラマはモデルがあって「史実」に基づいているのだから、ご都合主義!厨(?)は声高には主張しにくいだろうが。まあタイミング的にはここまでドンピシャではなかったのかもしれないとは思うが、こういう展開があったことは事実なはず。

いわゆる「成功者」の伝記などを読むと、「事実」としてこういう「都合良すぎる出会い」がしばしばあって、それが彼らを成功に導いたという話が多々出てくる。
それは実は偶然ではなく、必然だったのだ。こうしたい!という思いが強くあると、宇宙はそれを手助けしてくれる。歩みを止めず、諦めない態度でいれば、ひょい、と持ち上げてくれる。千里の道も一歩から、だが、途中でヒッチハイクよろしく、ががんと距離を稼げる出会いがあるらしい。なにも道ばたで物欲しげに親指立てていなくても、歩いている後ろ姿を見て向こうから声をかけてくれるのだ。

私にもいろいろとそんな不思議にすら思える「出会い」があって、苦境に陥っても破滅することなく今までやってきている。もっともその出会いを活かしきるには私がヘタレすぎで、いわゆる「成功者」になっておらず、それどころか「現実」はまたしても「苦境」なのだが、そして時々くじけそうになっているが、それこそ「勉強させてもろてます」と思って乗り切る!
(…と昼間は思えるけど、そして不思議に夜もまあ前向きだけど、朝がしばらく辛い…これは鬱病「的」症状。てかまあ不安を持つ人にとっては普通のことで、それが程度が酷くなると「病」になるのだな)

でも「勉強」していることは確かである。あらゆるところに、「教え」がある。このドラマもそうだし、他のところでも、すべて。
大丈夫、ゆっくりでも歩みを止めず、諦めず、引きこもらず、感謝して生きる!
(すいません、自分に言い聞かせているだけどす)
posted by おーゆみこ at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カーネーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする