2011年01月31日

【てっぱん】第104話 勝手に断ち切るのではなく、納得しなきゃ。#nhk #teppan #drama

もちろん千春と重ねてるのは初音さんの方だよね。

<のぞみはもう起きて店のテーブルを拭いている。気遣うあかりに、動いている方がいいと相変わらずだ。初音がやってきて、これからどうするつもりだと尋ねる。
「荷物は、彼の部屋にまだありますけど…戻るつもりは…。一から出直します。会社も辞めましたし…」
(あかり)「辞めた?」
「ここに来た日にね…。まさか妊娠してるとは思わなかったから」
(初音)「住むとこだけやのうて、働くとこもなくなったんや。…あきれるわ…」
「………」
(あかり)「いくとこが見つかるまで、うちの部屋におってください!」
(初音)「あ、あんた、そんなこと簡単に言いな!」
(あかり)「お店手伝いながら、これからのこと考えたらどうじゃろ」
「この人何も頼んでへんやろ?」
(あかり)「でもおなかに!」
「…そうさせてもらえる?…しばらくの間だけ」
頭を下げるのぞみ。
(あかり)「はい!」
だが初音は
「勝手に決めな。大家はうちや」
(あかり)「しばらくの間よ!」
「後悔しても知らんで!」

あかりの部屋で荷物を整理するのぞみ。
「いろいろありがとう」
「気にせんとってください」
「でも…いいのかなあ、大家さん反対しとったみたいだけど」
「おばあちゃん石頭じゃけ」
「孫思いなのよ」

のぞみは尾道の海の写真を見て、自分の故郷も海が綺麗なので懐かしい、という。

チェストの上に置いてあった指輪に気づくのぞみ。
そのときノックがして、民男と笹井が姿を見せた。そのどさくさの間にさっと指輪を取りポケットにしまうのぞみ。
民男たちは、ここに住むことになったの、よかったねと言いながら部屋に入ってくる。
のぞみは天井の星を見て
「これ、あなたの趣味?」
(民男)「歳行ったお姉ちゃんのプレゼントや」
「だれ?」
のぞみは冬美の写真を見せ、うちの前にこの部屋に住んでいた人だと紹介。そして
「上を向いて生きていこう、言うておいていってくれたんです」
「うわ、寒気した」
とのぞみ。嫌みとも気づかずあかりは
「大丈夫ですか?」
(民男)「お腹冷やしたら大家さんに怒られるで」
「メンタルな寒気よ!」
(民男)「大丈夫や。ここに住んだら、あったかなるわ」
「………」

店で栄治と浜野。栄治はあかりに、よく決断してくれたと感謝。でも、ええとこに住んでいたんだろう、どうしてあかりの部屋に、とのぞみに直接聞く浜野。
「そらおばちゃんの手料理にほっとしたんちゃうか?」
と栄治。否定しないのぞみ。

「残りの荷物どうしよう…」
とついつぶやくのぞみ。彼の部屋に残したままだが
「取りに行くの、気が重いし…」
「顔も見たない、いうやつか」と浜野。
(栄治)「相手には言うたんか?」
「何をです?」
(栄治)「おなかのことや」
「彼には関係ありませんから」
(栄治)「関係ないことあらへんがな」
(浜野)「せや、半分は相手の責任や」
「全部、私の責任です」
(栄治)「……。今のしゃきっとした言い方、文乃さんにそっくりやな」
「私は…母のようになるつもりはありません」
(浜野)「どゆこと?」
そんなやりとりを奥で憂い顔で聞いている初音。

伝が初音のところにやってきて、のぞみがあかりのところに住み始めたんやてな、と話しかける。初音は自分は反対だと言い
「一人でも難儀やのに、おなかにもう一人抱えてるんや」
「せやからほっとかれへんのやろあかりちゃん」
「中途半端な気持ちやったら、取り返しつかんことになるわ」
初音の言っているのはあかりではなくのぞみのことである。

店が終わってから、やはり働き続けるのぞみを気遣うあかり、大丈夫だとのぞみ。そして、このままここで働かせてもらおうかと言い出す。あかりが、バイト代が出せないというと
「それを出せる店にするのよ」
「どうやって?」
「それを考えるのが店主の仕事でしょ。この店のコンペティティブエッジってなに?」
「こ、こんぺ…?」
初音が口を挟む。
「ここは日本や。カタカナやのうてひらがなでしゃべり!」
「よその店に負けない売りはなにかってこと」
「それなら、家みたいな店、です」
「それは売りじゃないでしょう!むしろ足かせ。何度も言うけど、お金にならない客が居座って、経営の足を引っ張ってるの。だいたいコンセプトがぶれすぎ!」
店名がおのみっちゃんなのに大阪のお好み焼きばっかり出ているし、どうせ尾道焼き一本でやろうとしたのが上手く行かなかったのだろう、と言い当てるのぞみ。
「なんで分かるんですか!?」
「そういう行き当たりばったりなやりかたが、ぶれてるっていうの」
聞いていた初音が厳しい声で口を挟む。
「店のことは、店の主に任せて、あんたは自分のこと考え!」
「……え……」
「ぶれてんのは、そっちと違うか!」
怒気を含んだ声で言い、奥に引っ込んでしまう初音。何も言えないのぞみ。

洗面所での民男父子のたわいない親子らしいやりとりを聞くともなく聞いているのぞみ。

台所で昆布を仕込んでいる初音。あかりがやってくる。
「おばあちゃんはなんで反対なん?小早川さん、うちの部屋に住まわすこと…」
「あんた、あの人のお腹の子のこと、どない思てる?」
「どうって…」
「……。自分と重ねてないか?…やめとき、そら別の話や。あの人…母親になる気あらへんわ」
「え?どゆこと?」

呆然とするあかりのところに滝沢がやってきた。
「アルバイト、お前の所に転がり込んだんやて?」
「うん」
「お節介焼きにもほどがあるわ」
「滝沢さんも言うとったじゃん、あの人一人にせんほうがええ、って」
「そうやけどな…」
「うちの家族も…千春さん一人にせんかった」
「……。お前らしいわ…」
「……」

千春の写真を見ながら初音もまた考え込んでいる>

でももちろん、あかりが重ねていることを気遣っているのも嘘ではない。今のあかりも既に、自分がもしかして千春さんにこんな混乱を与えていたのではないかと怖れているだろう。千春さんを、たしかに、村上家の人々が優しく受け入れ抱きしめたので、千春さんは救われ、自分は生まれた。その図を重ねたら、たしかにこれは人ごとなんかではない。けれどそれが「失敗」したら?初音さんはそれを怖れている。

のぞみの「鎧」はまだ脱がされていない。というか、壊れかけた鎧は捨て、あらたな鎧をまとおうとしているだけである。揺さぶられてものぞみはまだ分かっていない。まあ当然だ。鎧を脱いでしまうのは怖くてたまらないことだろう。

やっぱりその「彼」と復縁する気がまだするなあ。のぞみが勝手につっぱらかって彼の真意を誤解して、「うっかり恋愛にかまけて鎧を脱ぎかけた自分」を悔やんでいる。鎧を脱ぎかけて、ちょっと吹いた冷たい、けれど本当は新鮮な風に身を切られた気がして、痛いと思ってしまってまた防衛し、もうそんな痛い思いをしたくない、と身をすくめてしまったのだ。それを、自立してしっかりして、デキる女、強い女、だと未だに勘違いしているのだ。

カタカナ語を使うというのも、ある点「おもしろ可笑しく」描写しているところでもあるのだろうが、意外に深い意味もある。必要以上のカタカナ語…いや、カタカナ語である必要はないが、自分の領域内にいる人にしか通じない言葉や話題を多用する人というのはいる。それは自分が属している世界への帰属感をむしろ確認したいという行為でもある。他の人は分からないけど、「自分たち」はツーカーだ。それはエリートでなくてもあることだろう。それがすべて悪いわけではない。可愛らしいものであったりもする。だがそれは、「それ以外の人」とのコミュニケーションを拒絶していることでもある。内輪の人しかいない場でならもちろん構わないのだが。
のぞみのようなカタカナビジネス用語の多用は、私はこのレベルの人としか話したくない、という態度の表れでもある。いずれにしても「閉じた」態度だ。鼻持ちならないとか、そういうことだけではない。
だから初音がぴしゃりと言った(ちょっと溜飲が下がったな)。

初音はまた、のぞみがもう一度相手と話をする必要を考えているのだろう。帰るところがないのではない。自分で勝手にそれを断ち切っているのだ。それはまた、それこそ千春に対しての思いでもある。なぜ帰ってこなかったのか。村上家が千春を受け入れたことは、ある意味では初音にとって複雑な思いになってしまうことかもしれない。そこで受け入れたから、自分の所に帰ってこなかった。
あかりが受け入れてしまうから、のぞみは彼の元に帰らない。
もちろん、彼のところが本当に帰るべきところなのかどうか分からないが、それを確かめようともしないのは「中途半端」である。彼と話をして、それで本当に帰るところがないことが確定したのなら初音も受け入れるのではないか。

私のようなダラダラした、未練もそれなりに簡単には断ち切れず、とりあえず自分が納得できるまでは相手と話をしたいという人間にはのぞみの「しゃきっとした」態度は真似できない、いや真似したいとも思わないが。未練はむしろ、納得できたら本当に手放せるのだ。勝手に封印してしまった思いはいつまでもくすぶり続ける。

千春さんがあかりにその名前を、思いを込めて付けたように、「のぞみ」という名前にも文乃さんの思いが込められている。希望。それは一番佳きものだ。私はこのごろつくづくと思っている。具体的になにがなくなっても、希望が失われなければ生きていける。きちんと決着を付けなければ正しい希望も持てない。のぞみさんが早くそれに気づきますように。

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2011年01月29日

【てっぱん】第103話 生活こそが「芯」? #nhk #teppan #drama

コロッケ食べたい。

<朝、小鳥の鳴き声で目覚めるのぞみ。初音が朝食の支度をしている音が聞こえてくる。それをしばし聞いているのぞみ。

下に降りて初音に挨拶するのぞみ。ポットにお湯が入っているからほうじ茶でも飲めと言われて素直に従う。
そして
「ここ…食事出すんですか」
「せや、朝と晩」
「大変じゃないですか?」
「まあ、身体がいつまでもつか。くたばる前にたたもうと思ってるんやけどな、こんなとこでも、住みたい言う物好きが後から後から来るよってな…。気に入らんかったら、いつでも出て行ってんか〜言うてんやけどな」
「だったらどうして…」
「はよ出てってもらえるように、栄養つけたってんねん」

下宿人たちが降りてきて朝食を取り始める。のぞみも一緒にとあかりが誘い、のぞみも素直に応じる。
初音が揚げたコロッケにはひじきとおからが入っているらしい。
「鉄分強化メニューか?」
と滝沢。のぞみはなにか呆然としてしまう。
(あかり)「食欲ないんですか?」
(のぞみ)「…ううん…」
初音が
「遠慮は要らん。店手伝うてもろてるさかいな」
あかりは初音を見て
「貧血対策じゃね?」
ニッコリうなづいて、チラとのぞみを見やる初音。
「ぼくも貧血だったんです」
と笹井。
「部屋を探しているとき、ここで倒れました!」
「そやったな」
「あのとき出してくれたおかゆが美味しくて!」
(徹)「そのまま10年?」
「はい!貧血もすっかりよくなりました!」
(あかり)「滝沢さんも食事に釣られたんじゃよね」
「俺は食事もトレーニングの一環やからな」
「オリンピックに出たらおばあちゃんも鼻高々じゃね」
(初音)「なんであんたが威張るんや!」

徹も食べ物に釣られたらしい。帰りにもたしてくれたおにぎりを
(民男)「駅のホームでそれ食べたら、急にぽろぽろ泣き出してん」

「かみさんに逃げられてから、久しぶりに暖かいもん食べた気がしましてね…」

(民男)「お姉ちゃんはコロッケにつられそうやな」
すると
「誰が好きこのんでこんなとこ…」
「そら良かったわ。住みたい言われても空いてる部屋ないさかいな」
と初音。
(滝沢)「空いてる部屋なくても住み着いた奴おったけどな」
「住み着いたってなによ、野良猫みたいに!」
「似たようなもんや、いきなり、仕事も、住むとこもなくして…」
のぞみは複雑な顔。

あかりは、自分が初音の部屋に戻って、自分の部屋を空けると言い出した。
「ええじゃろ?」
すると初音は
「勝手なこといいな!だいたい何も頼んでへんのに、気持ちの押し売りしな」
「ほいじゃけど!」
「大家さんの言うとおりよ。私住みたいなんて頼んでない。…心配要らない。一人で大丈夫」
(民男)「ひとりちゃうで。2人や」
(徹)「2人?」
(笹井)「もうひとり、おなかに…」
(滝沢)「せやったな」
(徹)「民男の見た赤ちゃんの夢、正夢になるとええな」
(のぞみ)「そちらは関係ないと思いますけど」
(徹)「すみません」
(民男)「ちょっとは関係ある」
(のぞみ)「え?」
(民男)「だって…お父ちゃんも親やもん」
(のぞみ)「親になるって、決めつけないでよ!!」
(民男)「え?決まってへんの?」
(滝沢)「確かにこの人ひとりにしたら危ないわ」
(のぞみ)「なに?目を離したら何するか分からないってこと?」
(滝沢)「ま、そういうことや」
(のぞみ)「関係ないでしょ?他人でしょ?ほっといてよ!」
いらだつのぞみ。
(あかり)「ほいじゃけ、やっぱりうちの部屋に」
笹井が突然立ち上がる。
「ぼくが!出て行きます!僕の部屋を使って下さい!十分今いましたから…お次どうぞ!」
泣きそうな顔で言う笹井。満面の笑顔でおめでとうございますと言った笹井を思い出すのぞみ。
「それやったら、僕らが出て行く、な?」
と民男まで言い出す。
(徹)「ほしたら一緒に遊ばれへんで…。滝沢君が一番自立してそうじゃないですか」
(滝沢)「なんで俺が」
(笹井)「滝沢さんはオリンピックがありますから!」
(あかり)「ええんよ、うちの部屋で!」

「…なに勝手に譲り合いしてんの?…住まないって言ってるでしょ!…私はどこだってやっていけるんだから。…ここにしか住めないあなたたちと一緒にしないでよ」
一同黙ってしまう。そして食べ終わって立ち去ってしまう。

笹井は去りがけに
「あの…ごはん、おかわりありますよ」

のぞみは結局コロッケをもう一つ取り、おかわりもしたのだった。

食器を洗いながら、のぞみは独り言のような、あかりたちに聞かせるような、どちらともつかない調子で
「ほんっと変な人たち!急に部屋の譲り合い始めるし。そう思ったら急にいなくなってるし。……。会社は私を休ませて仕事取り上げちゃうし。廊下ですれ違ったら泣きそうな顔して大丈夫、って言ってきたけど、だれも電話かけてこないし。もうわけわかんない!!」
怒ったように言うが、すすり泣き始めるのぞみ。
「小早川さん…」
「なんでもないわよ…。……なんなのよもう!」
初音はあかりを促してその場を去らせる。そして自分もそっとその場を去る。

部屋の窓を大きく開け放して外に出る初音。
店の戸を開けて外に出るあかり。

のぞみは食器を洗いながら、出しっぱなしのお湯を止め
「もったいない…」
とつぶやくと、涙を流し、嗚咽し始める。

(涙は…節約せんで…よろしいで…)>

泣けてよかったね。
これ書くの2回目だ。滝沢君についても書いたっけ。

人は「心が弱い」ということを怖がるのだ。豆腐のように心が崩れてしまうことを怖がるのだ。
だから心に鎧を着せる。心のもろさを自覚している人も、自覚したくない人も。
しかし本当は鎧で守った心こそ一番弱いものだったりする。
心は「柔らか」かったとしても、それが必ずしも「崩れる」ことに繋がらない。
ときに弱みをみせても、それをきのうの分で書いたように「優しく撫でて」もらい、愛を注入してもらうことで、心はむしろ豊かに強くなる。柔らかくしなやかでも、もろくはない心になる…のだと思う。
鎧で支えているとなにも届かず、心はいつのまにか「腐って」崩れやすくなってしまうのだ。

もとから甘ったれた人間である私はでれでれと生きているので、ある意味「柳に風折れなし」状態。鎧を作らずに(全くとは言わないが)、それでもなんとかしていこうとしてきたから、我ながら意外に持ちこたえるもんだと思った。
でも、そんなふうに発想できない人というのも多いのだろう。真面目で頑張りやで、弱っちいのは罪と考え、甘えるなんて恥ずかしく、嫌なことがあっても「前向きに」すっくり立っていなければいけないと思う。それこそが美徳と思い、自分を支える唯一の方法と思っている。スピリチュアルな云々とかばかばかしいと思っている。そういう思考が染みついている人にはなかなかメッセージは届かないのだろうなあ。
…のぞみちゃんは揺さぶられているけどね。いい傾向だ。

夜は眠って朝を迎える。
そして、お腹が空いたら何か食べる。

心身一如。
フィジカルとメンタルは切り離せない。メンタルが危ないとき、せめてフィジカルを整える。形から整えられる部分の方が御しやすい。つまり、必要な栄養のある暖かい食べ物を摂る。食欲が感じられなくても、少しでも口にすれば身体の方が先に目覚めてくる。

しばしば、伴侶をなくした(生別であれ死別であれ)男性は女性よりはるかに「ダメ」になると言われるが、こういうところにもその理由はあると思う。もちろん、一般的に食事を整えるのは女性が多いという傾向に基づいてい言っているだけで、本来は性別に関わらない(もっとも男性と女性のそもそもの違いもあるかもしれないがここではそれは置いておく)。どういう状況であれ、自分がそのとき食べたいと感じられるものを自分の手で整えられる人は潰れにくいと思う。

「生活」こそが「芯」なのかもしれない。鎧ではなく、自分を根本で支えるもの。

笹井さんも徹さんもやはりそういうことが苦手だったのだろうが、初音さんによって救われた。のぞみもまた、きっとこれまでいわゆる「男社会」の中で男論理でばりばり働かざるをえなかった人なのだ。あるいはのぞみの婚約者はそのことを指摘したかったのかもしれない。女だから家庭に入れという意味ではなく、人として生活を大事にしよう、ということを。

初音さんはさすがに経験豊かなのか、その人が今食べたいと思うもの、体と心が欲しているものが分かるのだろう。通り一遍に「つわりはすっぱいもの食べたくなる=みかん」を渡そうとしたあかりとの「場数の差、賢さの差」。

***
それにしても「涙は節約しなくてええんやで」にも泣けた。
「もったいない」とお湯を止めたのぞみのせりふには深読みもできるが…つまり、自分ごときに愛情を注いでくれようとする皆に対しての思いでは…とか。あるいは、「わけわかんない」状態になってしまっていてもなお自暴自棄にはなりきれない…いや自暴自棄というと言葉が悪いが、なりふりかまわずになれないのぞみ、ということを表しているのか。でもあるいはそれを肯定的に捉えているのか。上に書いたように、感情がぼろぼろになってもなお、きちんと生活しようとする意志…?

次週に続くことにはちょっと驚いた。週替わりのエピソードキャラじゃないのね。そりゃ、根本にあるあかりの問題と深く関わる構図だものね。

posted by おーゆみこ at 09:42| Comment(2) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

【てっぱん】第101話 「家族幻想」を超克してなおかつ家族を求める #nhk #teppan #drama

悪徳商法…(^_^;)

<のぞみは、初音におめでたではと言われたが自分ではそうは思っていないようだ。生理不順はいつものことだという。

伝の部屋に集まる栄治、浜野、根本。
「心配の種が増えてしもた…」
と栄治。
「種ですわ、だから…や…ややこ…」
事情を察したらしい浜野たち。
「わしどないしたらええか…」
根本は、あの子は親戚でもないのにというが、昔世話になった人の大事な娘さんだ、と栄治は憂い顔。

のぞみは明日病院に行ってくるという。だが、違うと証明しないと初音が納得しないだろうから、という理由である。あかりは去ろうとするのぞみを呼び止め、
「あの…今夜もお友達のところですか」
「そうだけど?」
「…良かった。ひとりじゃ、眠れんかもしれんけん」
「…過保護!」
のぞみは笑って言う。そこに加奈がやってきた。今日泊めてくれないかという。
「あのビジネスホテルじゃ、何かさびしいけえ…」
加奈を受け入れつつ、のぞみが気になるあかり。

初音もまた、ふと、大きなお腹を抱えた写真の千春をみやって複雑な顔。

先に2階に上がって待っている加奈。出てきた滝沢に、音大に合格したと報告する。滝沢は感じよく応対している。

あかりと部屋に入り、加奈は
「滝沢さん、正月に会うたときよりええ感じじゃん」
「どこが!?」
「近くにおると見えんもんもあるんよ」
「ほうかなあ」
加奈は、のぞみも
「あかりにダメだしばっかりしてるけど、あかりのこと気に入っとるわ。あかりのそばは居心地ええもんねえ!」
加奈はまた、のぞみには友達が居るのだろうかと言う。
「なんで?」
「なんとなく」
あかりはまたものぞみのことを心配する顔になる。


尾道。久太が機嫌良く、大阪の報告をするが、他の皆はもう行ったことがあり久太だけがなかったので、何を言ってもすでにみんな知っている。鼻白む久太。だが鉄平が、あかりは出前どうしとるかと尋ねると
「ほうか、それはわししか知らん最新情報じゃ」
ともったいぶり、
「一流企業のキャリアウーマンいうんが手伝うとったわ。スーツでばっちり決めての!」
(鉄平)「で、でもスーツで出前じゃ、お客さん離れるじゃろう?」
「それがのう、売り上げが、ガーンと伸びたらしいわ」
「なんで?」
「話の半分はイングリッシュでの。あ、英語での。ほら錠ちゃんもあるじゃろ、ついはんこつかされそうになったこと」
(錠)「ああ、どっかの国のコイン買わされそうになった」
(鉄平)「ほいじゃ、あかりの店、悪徳商法始めたんか」
「いやいや、たとえばの話じゃ。そんくらい話術が巧みで、営業がうまいんじゃと」
隆円はなにか複雑な顔でしばらく黙っていたが
「……。…ええ人じゃな〜か」
(錠)「……。ほうじゃのう」
(久太)「ま、かわいげはないがのう」
「…大丈夫かの?あかりと、性格が真反対じゃ」
と欽也。
「平気よ、あかりにはええ人しか寄ってこんわ」

あかりはのれんを出しながら、のぞみが天神様にお参りしているのに気づく。
「…どう…でした?」
「…7週目だって…」
「7週目…」
「……。1センチぐらい!…このくらい?」
指で1センチぐらいの幅を作ってみせるのぞみ。
「…おるんですね…」
のぞみの腹部を見るあかり。
「…このタイミングで…。空気読めないの、あっちに似たのね」

働いているのぞみに、無理しないでくれと言うあかり。だがのぞみは、動いている方が気が紛れる、と言う。複雑な表情でのぞみをじっと見るあかり。
初音も出てきて、うちの勘が当たっていたようやなと言う。
「ああ…当たりなんだか、外れなんだか…」
「………」
「受験でも入社試験でも失敗したことなかったのに…こんなことになるなんて」
「……。あんた次第や」
決然という初音。のぞみは手を止める。
「……。…産んだほうがいいと…思います?」
「………。自分で決め…」

あかりは黙りこくってしまう。
「あんたが悩んでもしゃあない」
と初音。
「わかっとる。…けど…」
「そんなに気になるか?」
「………」
「千春と重ねたらあかん!」
強い口調で言う初音。黙って千春の写真を見るあかり。
「………。重ねとらんもん」
少しふくれた顔で口をとがらして去るあかり。初音も複雑な顔。

栄治が様子を見に来る。あかりも栄治も、少し休んでいろとのぞみに言うがのぞみは不満顔。
栄治は、条件を出してくれたら自分が不動産屋に相談するからこちらに越してきたらどうかと言うが、のぞみはぴしゃりと
「結構です!…同情されるような人間にはなるな。母の口癖でした」
「同情してんの違うがな。お母さんにお世話になった恩返しや。環境が変わったら気分も変わるんちゃうか?」
「心配要りま…!」
言いかけてふらっとしてしまうのぞみ。慌てて支える栄治、水を持ってくるあかり。大丈夫、とのぞみは口では言うが立ち上がれない>

昨日のに続きを書くと言いながら書けないまま次の放送になってしまったので、合わせて続きとする。そうこうしているうちに、いとぱんさんからの「家族」についてのコメントがあったのでそれにもからめて…。

このドラマにおいては「家族」という言葉はある程度「戦略的に」使っているような気がする。血の繋がっているまたは戸籍上の家族が大事、と信じて疑わない人たちにとっては、「家族以外の繋がり」は所詮「家族以外」に過ぎないわけで、それをいくら強調して、あるいは見直すようにと描いたところで「いわゆる家族」に対する重要視は変わらないと思う。ここで家族という言葉を使うことによって、その「枠」に揺さぶりをかける効果がむしろ出るのでは。
だからこそのぞみに、「気持ち悪い」と言わせてしまう。のぞみもまた、別の形で「家族幻想」に捕らわれているのだと私は思う。「いわゆる」温かい家庭、「欠けていない」家庭が自分にはなかった、ということで、必要以上の「欠損感」を持っていると思う。
「家族」という言葉に対する抵抗感。それは私も分かる。私も、いわゆる家族に必ずしも恵まれていない。育った環境はまだしも、子供を持たず、現時点では伴侶もなくしてしまった。実家の父もまた40代で妻を亡くしそれ以来独り身だし、45歳になる弟も独身で、つい最近までいた彼女とも別れてしまったらしい。毎年お正月には叔父の家に集まって新年会をやるが、叔父は息子二人、そのそれぞれに子供が2人ずつできて、お嫁さんたちとも至極仲良くやっているし、平凡ながらまさに「絵に描いたような」温かい「家族」である。そこにそれぞれが独り身の父と私と弟が混じる。その近所に住んでいる伯母も来るが、昨年の今頃に伯父が亡くなり、子供がないので彼女もまた独り身だ。
その新年会からの帰り道、弟の車で駅まで送ってもらいながら、毎年ふたりで苦笑いしている。
「やれやれ。どうして我々はこうなんだろうね」
早くに亡くなった母親の方の一族は、かなり偏屈もの揃いで、それも皆亡くなってしまい結局私と弟以外にもはや血の繋がった係累はなくなり、しかも名字は違うので、つまりは母方の「家」は絶えた。弟はどうやらその孤独をどちらかというと好む性格を自分も受け継いでいると言い、むしろそれに誇りすら持っている気配で、だから今独り身であることをさほど苦痛だと思っていないようだが、「絵に描いたシアワセな家族」の姿を目の当たりにするとやはりいささか複雑な気分になるらしい。
私自身は何度も書いているように基本的に孤独が嫌な寂しがりなので、現在の境遇に至ってしまったことを「しまったなあ」と正直思っている。

ただ有難いことは、私の周囲ではそれほど「家族第一主義!」みたいな思想が蔓延(?)していなかったということだ。実家も、まあ母親が早めになくなったとはいえ両親+子供2人の「典型的構成」だったが、うちの家族はむしろ家族家族と騒ぎ立てることがなかった。イベントはなにもない。各自の誕生日も無関心。かといって互いに冷たいというわけでもなく、ただことさらに「家族はこうあらねば!」と強調するような趣味(??)はなかったのである。だからこそ特別な「反感」も育たなかった。
家族というものに執着しなかったからこそ、今ちょっと寂しい境遇に至ってしまったのかもしれないが、寂しい境遇に見えてもそんなに死ぬほど辛くない(そうなのです、おかげさまで)のも、家族幻想(反動としての反感も含めて)をさして持たずにいるからなのかもしれないとも思う。

まあ私も「家族」をやたら強調することには「警戒心」は持つ。だが「戦略的に」受け入れる気分ではある。
そういえば最近のオバマ大統領の演説でも「我々は米国という家族」とか言って、それはかなり好感されたらしいが、これも、それこそブッシュの「家族観」とはかなり異なるだろう。狭い意味での家族重視はすなわち「排他」である。しかし、「従来家族の間に期待されてきた温かい心の交流」を仮に「家族」という言葉で表す、という意味での使い方なら評価できる。上にも書いたように、それでこそ、従来型の「家族重視」指向の人にも食い込んでいけるのではと思うからだ。

昔メキシコを2ヶ月ほど一人旅した。陽気なラテンの国、と思うが、そしてたしかにそうなのだが、旅の途中私はときどきものすごく寂しくなった。カトリックの彼らは旧来の意味での家族至上主義なので、つまりは排他的でもある。そのなかで「独り身」である人間は相手にされない。レストランなども家族(またはカップル)仕様で、一人ぼっちの人間は低く見られてしまう。
だが帰りの飛行機に乗るためにロサンゼルスに戻り、ショッピングモールのカフェテリアで一人食事をしていたら、少し離れたところに座った黒人男性とふと目があって、お互いに微笑みあった。それだけで別に言葉を交わしたわけでもないが、私はとても癒された。ロサンゼルスでは、独りの人がたくさんいて、だからこそそこに連帯感のようなものがあった。

独りで居ることは全然みじめではない。けれど、独りはみじめだ、家族が仲良くしていなければダメだ、というような固定観念が、独りをみじめなものにし、人間であれば家族同士であっても当たり前にあるであろう個人間の齟齬を重大問題にしてしまう。

のぞみは、母親が「同情されるような人になるな」と言っていたと言った。そこにその母親の辛さを見る。もしかするとのぞみの母親も今ののぞみと同じような事態に至ったのかもしれない。
そして今ののぞみの事態を、私はまだ、これから復縁するのでは、と思っていたりする。
家庭を大事にする人と結婚する、と相手が言ったというのも実はのぞみの被害妄想の混じった思い込みではないのか。家庭、というものにコンプレックスを持っているらしいのぞみの過剰反応だったのではないか。そしてそれは、のぞみの母親の文乃にも言えることだったのではないのか。なにかの誤解が元で、つっぱらかった文乃が相手と一方的に別れてしまったのではないか。そして「同情されたくない」と突っ張って生きていたのではないのか。

私は同情されたい。前にも書いたが、「トーマの心臓」という漫画をまたも重ね合わせて思い出してしまう。同情されたくないと突っ張って弱みを隠して生きていたユーリに、トーマは、同情という感情はとても優しいから好きだ、と言う。もちろん、「安易な同情」とか「表面的な同情」、単に「まあ可哀想に」と言ってその実自分がそうでないことを確認してある種の優越感を覚えるような態度など、「同情」という言葉にもある種の警戒感を持たざるを得ないのだが、それでも、ほんとうは、同情とは、気持ちを同じくする、つまりは「相手に寄り添う気持ち」なのだから、愛であると思う。

そしてそれは「いわゆる家族」の専売特許ではないのだ。

のぞみが初音の店に来たのは、栄治は「お母さんと話したかったのでは」と言った。初音はきっと、そうやって突っ張って生きていたのかもしれない文乃にとって、ほっとできる存在だったのかもしれない。文乃にとって「家族」(もちろんこの言葉は意識して使っています)だったのかもしれない。そしてのぞみは「家族を求めて」やってきたのかもしれない。

人はみな独りぼっち、けれども独りでは生きられない。
posted by おーゆみこ at 15:23| Comment(9) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする