2010年12月14日

【てっぱん】第68話 「甘え」は必要 #nhk #teppan #drama

「美咲」、やっぱ憎ったらしいのう!! (^_^;)

<美咲は伝のところにいると言い張り、伝も自分が面倒を見ると言う。美咲の両親は「やれるもんならやってみい」と捨て台詞を吐き、不愉快そうに帰って行った。

美咲は伝の部屋で、伝が作った木のおもちゃをもてあそんでいる。好きなの持って行っていいと愛想良く言う伝だが、美咲はつまらなそうな顔。そして鉄平を見て
「なんでお兄ちゃんがいるん」
伝が、いそうろうしているのだと言うと
「ふ〜ん。…独りが好きや、言うてたのに」
「え?」
「せやから、私らと一緒に住みたない、て」
「……」

鉄平は気を利かせて、きょうはあかりのところで寝る、と出て行く。

あかりの部屋で鉄平は、伝が
「嬉しいんだか困っとるんか、よう分からん顔しとったのう…」
と話している。
あかりはせっせと売り上げなどの計算をしている。

鉄平は部屋の外に出て
「泊めてくれ、いうて言えんかった…」
とひとりため息をつく。
洗面所に滝沢がいた。声をかける鉄平。
「おい、駅伝」
「なんや…」
いささかうんざりした顔の滝沢。
「俺は、大阪であかりを支える」
「妹に養ってもろうとるやん」
「ほいじゃけ、それをなんとかしてじゃの!」
「尾道帰って、親孝行でもしたらどうや」
「………」
言い返せない鉄平。
そう言った滝沢自身も、部屋でなにか憂い顔で考えている。

コインランドリーでひとり、どこに帰れ言うんじゃ、と独り言をいいながら身をもてあます鉄平。すると向かいの建物の前に人影が。浜野だった。鍵を開けようとしている。
「社長さん?」
「ああ。ここな、うちの商店街バンドの練習場になってん」
中に入る2人。
「思いっきり言われてもうたな、役立たずて」
と浜野。滝沢に言われたことが響いている。
「なんの苦労もせんと、親父の後継いで社長になったのはほんまのことや、けどそのあと苦労してる。社長になってなければもっと楽に生きられたわ…」
そして鉄平に、
「自分とこ、鉄工所やろ?どないするん?」
「親父のあと継ぐって決めた。けど、今はあかりを助けるんが先決じゃ。あかりにええとこ見せてやらんと」
「自分、いまええこと言うたわ!僕ら、アプローチは違うけど、目指すところは同じみたいや。お互いがんばって、売り上げ上げような!…足が速いだけのヤツに言われっぱなしは悔しいしな」
それを聞いて鉄平も決意を新たにした模様。

あかりはあかりで、初音に尋ねられた「あんたの店の売りはなんや」という言葉が気になっている。
だがそのとき、冬美のことが思い出された。
「おのみっちゃん、これからどんなことあっても、上だけ向いていこう。雨でも曇りでも、必ず星は見えるからね!」
天井に飾った銀色のモールと星たちを見上げるあかり。
「おのみっちゃん、がんばろね!」

鉄平は、出前をするというチラシを作って配っている様だ。浜勝まで来て小夜子に渡している。
「ご注文の電話もらえたら、30分いないにお届けにあがります!」
「張り切り病でも、流行ってるんか?」
「張り切り病?」
小夜子が指し示す方を見ると、浜野がせっせと営業の電話をしている。
「駅伝の兄ちゃんに、ガツンと言われたんですわ。苦労知らずの跡取り社長やて」
と密かに小夜子に言う栄治。
「まあこれで社長が一人前になってくれたら、私もやっと引退させてもらえるわ」
「引退?引退してどうするんですか?」
「さんざん会社にご奉公してきたんや…。女の幸せ…取りかえさんと」
「ここには、小夜子さんの幸せ、ないんでっか?」
「は?」
「…いや…」
それ以上言えない栄治。小夜子は浜野の張り切りぶりを目を細めて見ている。

真知子は昼食の残りをタッパーに詰めている。鉄平とあかりがいないので余ってしまう、つい作りすぎてしまう、と言っている。そこへ欽也がやってきて、明日弁当を作って欲しいという。
「2人分頼めるかの、一つは、少なめでええけ」
(錠)「何…?もうひとり、女の人か?」
(欽也)「ほうじゃけど…」
「もしかして、若い女の人か?」
「…いや…若くはないよ?」
(真知子)「年上の人ね?」
「……仕事先じゃ」
照れくさそうに去ってしまう欽也。
真知子と錠は、二人で弁当食べる仲ってどういうことだと言いながら、真知子はどこかうきうきと弁当箱を探し始める。

朝。美咲に田中莊での朝食を用意してやるあかり。民男が、この子誰、と聞くと
「わしの孫や、仲ようしたってな」
と伝。
「うん。ぼく民男」
だが美咲は返事もしない。
「た、み、お」
(美咲)「聞こえてる」
「めっちゃ感じええな」
と徹に向かって言う民男。
(徹)「はよ食べんと学校遅れるで」
(民男)「やって」
(美咲)「ええねん。学校行かへんし」
(民男)「なんで?」
美咲はまたも答えない。まあそういうときもあるわいな、と伝が取り繕う。
美咲は食事にも手を付けない。
(あかり)「食べんの?」
(美咲)「嫌いなもんばっかりや」
(民男)「好き嫌いはあかんで、僕かて頑張ってんのに」
伝は、にんじんならおじいちゃん食べたる、と甘やかそうとするが、やってきた初音はぴしゃりと
「いらんかったら、食べんとき!」
(伝)「食べるがな」
(初音)「この子に言うとんや。昔は、おなかすかして死んでいった人もおったんや。食べられるだけで感謝し!」
(伝)「そんな古い話したって、今の子には分からんで…」
(初音)「分からんからって、甘やかすんか?」

真知子は欽也のお弁当の話を電話であかりにしている。欽兄の彼女言うこと?とあかりが聞きかけるが、そのとき美咲が店に入ってくる。
「お腹空いて死にそうや」
あかりは慌てて電話を切り、美咲に対応する。美咲は豚玉、と言い、あかりが、まだ店を開けてないというと
「けちくさいこといいなや。お金やったらあるで!」
となんと5千円札を出し、
「釣りはいらんわ」
「……。無駄遣いはいけん」
「私のこづかいや。どう使おうと勝手やろ」
「5000円の儲け出すのに、何枚お好み焼きやかないかん思うとる?」
「そんなん知らんわ」
そこへ鉄平が入ってくる。あかりが顛末を話すと、
「ラッキー、臨時収入じゃん」
と鉄平。
「鉄兄!」
「遅なるときは、これで何か食べときって、お母さんがお金くれるねん。あ〜あ、つまらんわ」
(鉄平)「つまらんなら、学校いき!」
あかりは笑顔を作って楽しそうに
「このお兄ちゃんね、学校が大好きなんよ。あんまり楽しくて、1年多く行ったんよ」
「おい余計なこと言うな、そういうあかりだって給食が大好きで、日曜日も学校行きたいって泣いとったやろ?」
そんなやりとりにも興味なさそうに、美咲は勝手に鉄平の携帯を手に取り、待ち受けになっていた村上家の家族写真を見る。
「なあ、二人きょうだいなん?」
「全然似てへんやん。もしかして、親が違うんとちゃう?」
「………」
「冗談やって。でも私は、ねえちゃんみたいな人嫌いや。おめでたすぎて、いらつくんや。人生そんな甘ないで。今までがたまたまうまく行ってただけや。この店かて、たまたまおばあちゃんにお店借りて、仲のいい常連さんにちやほやされてただけやん」
(鉄平)「お前のう、分かった様な口聞くな」
そこへやってきた初音も
「誤解のない様に言うときますけどな、うちは、もらうもんはきっちりもろてます」
「おばあちゃん…」
「子供にまで言われてしもたな、甘い商売してるて」
(鉄平)「なんじゃ、かばっといて落とすんか」

あかりはまた少し無理して明るい態度を作り、1時間も早いのに店ののれんをかける>

なんにも分かってないくせに、自分だけが被害者の様な顔をしてえらそうなことを言う奴。この美咲ちゃんはほんとに「子供」で、何も分かってない自分を分かってないというのもまあ無理ないけれど、このまま大人になってしまう奴もいるんだよな。

もちろん子供の美咲ちゃんが、こんな年齢で背負いきれない悲しみを背負わされてしまっているがゆえなんだろうことは分かる。
同じことが駅伝君にも言える。ただ彼は、あかりたちが頑張っていることも見てきたので、人が皆のほほんとしていて、自分だけが辛い思いをしているわけではないことも分かってきてはいるから、自分の放った言葉が自分に戻ってきて、さらに自分をさいなんでしまう…ことにも気づいているだろう。

辛辣なこと、人をあえて不快にさせる様なことを言い募る人は、自分が何か満たされないものを抱えているゆえであることはほぼ100%真実だろう。ネガティブなことは言われた人ではなく言った人が傷つくようになっているのだ。だから言われた方は怒る必要はない。

少しドラマからずれるかもしれないが、最近読み始めた本に示唆的な寓話が載っていたので要約を載せる(私の別ブログに書いたもののコピペ)。

「深い森の中にある、輝く美しい寺院。中には何千枚もの水晶のような鏡が張ってあった。
一匹の犬がそれを見つけて中に入った。すると、何千匹もの険悪な目つきでにらむ犬にとりまかれた。この犬たちとすみかを争わなければならないと考えた犬は歯をむき出して吠え立てた。すると他の犬たちも一斉にそうしたではないか。犬は激怒してそのうちの一匹に飛びかかり、鏡に激突して首を折ってしまった。

別の犬がやってきて中に入った。たくさんの仲間がいたのを見て嬉しくなった犬はしっぽを振った。すると他の犬たちも一斉に嬉しそうにしっぽを振った。犬は大いに満足して、ちょいちょいここにきて仲間たちに会おうと考えた」


笑顔と感謝を発信すると、その分の笑顔と感謝が返ってくることを今私自身実感しているし。

さて、ドラマに戻ると。
あかりの商売は確かに甘いかもしれず、鉄平の態度も「ぬくぬく」かもしれず、浜野社長もボンボン丸出しかもしれないが、それを断罪したり、イライラするという人は、いったい何をどうすれば自分が納得するんだろうか。
人はそれぞれに自分の境遇がある。与えられた境遇のうちにはたしかに、多くの人と比べて恵まれている部分もあれば、そうでない部分もある。そのなかでやっていくしかないのだ。恵まれている部分には感謝し、足りない部分は補おうと努める。それしかない。人と比べても仕方がない。人と比べてイライラしている、なんてそれこそが「甘え」であろう。自分を一生懸命生きようとしていたらそんなヒマはないはずだ。イライラしたり怒ったりするのは時間の無駄。そこには何も自分を向上させる要素がない。まあそれをある種の「きっかけ」として発憤するぐらいはいいが、いつまでもイライラし続けたり、それを人にぶつけたり(そして返ってくるのは同じ種類のものだ)、スネたり、なんて、「ヒマ人じゃのう」と思う。もったいないのう、と思う。

本当は、美咲のような子供だってそうだ。子供だから分かってない、とは言い切れない。分かっている子供だってたくさんいるからね。
(それにしても民男くんの「めっちゃ感じええな」はグッジョブすぎる。民男君悟りを開いてしまったね)

そういえば昔同じ職場に、私よりずっと若いのに、そして可愛いのに、人生に疲れ切った顔の女の子がいたな。彼女はいかに自分が惨めな恋愛遍歴をしてきたかを、まるで自慢にすら聞こえる調子で愚痴るのが癖だった。若くて顔立ちは綺麗なのに、まるで偏屈な老婆の様な印象だったなあ。あのままじゃ幸せになれてないだろうなあ、今でも。そうそう、彼女がとりわけて嫌な印象を与えるのは、自分の愚痴に「まああなたたちには私の辛さ分からないでしょうけどね、私はいろいろ体験し過ぎちゃったのよ」なんてことまで言うし態度にもそれを表しまくってたからだな。あほくさ、と思ったなあ、その当時も。まさにこの美咲がそのまま大人(?)になったような人だった。

私は、ちりとてのときにも書いたが「甘え」を親の敵の様に断罪したがる人々にはどうしても違和感を覚える。与えられた境遇を最大限に活用することはもちろん甘えじゃないし、それにまた、甘えたからって何が悪いの? 私は、人生には甘えていいときがあると思う。甘えることにより、感謝の気持ちも自然に出てくる。甘え甘えられ、助け助けられ。それが人間の人「間」たるゆえんである。
ああ、もちろん、感謝とセットになっていない甘えはよろしくない。
私から見れば、美咲も駅伝君もよほど「甘えて」いて、その甘えに感謝が伴っていない分もっとたちが悪い。

ものすごく「マトメて」しまうが、私は最近、かなりはっきり分かったのだが、
「互いに感謝しながら機嫌良く生きるために人は生まれてきた」
のである。
それができる人が幸福で、できない人が不幸。
そしてそのできるできないは、「境遇」には全く関係がない。

こうはっきり分からせてくれたきっかけを作ってくれたのは
例の「美咲」(^_^;)なんだけど、ま、そう考えたらやっぱり感謝しなきゃね。
(^_^;)(^_^;)(^_^;)







posted by おーゆみこ at 11:35| Comment(8) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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