2010年12月09日

【てっぱん】第64話 愛に自信を持つ #nhk #teppan #drama

きつねうどん食べたい。

<突然インターンの受け入れを断ってしまった錠。久太が説得に来ているが、応じない。
「なっさけないのう!」
「お前に言われたない……え?」
振り向くと、それを言ったのは久太ではなく鉄平だった。
「こんな意気地なしに鉄平なんて名前付けられて、俺は恥ずかしうてしょうがないわ」
鉄工所の仕事が面白くないと思われるのが怖いのだろうと挑発すると、錠はそれに乗せられてしまい、
「俺が教えたらな、みんな鉄のとりこよ!あとで吠え面かくな、高校生たちにな、みんな、うちに就職したい言わせたるわ!」
「え、ほいじゃ錠ちゃん?」
「おう、やったるわ!」
高校と、代わりに頼んでおいた鉄工所にわびに行くと出て行く錠。顔を見合わせて笑う鉄平と真知子、久太。

浜勝。料理教室の準備が進んでいる。ところが、まだ塩村が来ない。慌てているあかり。そこへ小夜子が、塩村は来ない、来週だと思っていたそうだと告げる。いっそうパニックになるあかり。自分はちゃんと伝えたはずだと言うが、小夜子は、確認を怠るからいけないのだ、人のせいにするなと一蹴。
すでに生徒たちが集まってしまっている。
小夜子は浜野にしばらく生徒たちに話をしていてくれと頼み、その間に代わりの先生を探すという。

初音は帰りの遅いあかりをやきもきして待っているが、仕方なく自分で仕込みを始めてしまう。そこへ栄治が飛び込んでくる。
「あかりちゃんが、あかりちゃんが大変やねん!」

不器用に鰹節やその削り方を説明している浜野。落ち着かないあかり。そこへ栄治が初音を連れてやってきた。
「あんた何やってるんや」
と一喝する初音。仕事も店も両立するはずだったのではないか、と。
それを栄治がとりなして、とりあえず小夜子は初音に頭を下げ、初音に講師の代行をやってもらうことになった。

初音は生徒たちの前で、自分はただの下宿のおばちゃんだと挨拶し、こったものはできない、今日はきつねうどんを教える、と言う。有名料理人の割烹料理を期待してきた生徒たちは不満そうな声を上げるが、こった料理を作りたい人はお引き取りいただいても構いません、と頭を下げる初音を、でもむちゃくちゃ美味しいんやで、等々と栄治や浜野が口々に援護する。生徒たちは顔を見合わせていたが、去る者はいなかった。
ていねいな一番出汁、二番出汁の取り方を説明している初音。
「出汁を取るときは、沸騰させたらあきません。香りが逃げてしまうよってな。夫婦げんかとおんなじや。かーっとなりすぎたら、旦那はんに逃げられまっせ」
笑いながら、いつしか初音の教え方に引き込まれている生徒たち。
「出汁を取ったあとの鰹節は捨てたらあかん。まだまだ旨味が残ってて、じっくり炊いたら、二番出汁になるんや。じっくりつきおうたら、旦那さんからも隠れた味がしみ出してくるかもわかりませんで」

「2つのええとこをあわせたんがきつねうどんです。香りのええ一番出汁はうどんのつゆに、味わい深い二番出汁でお揚げさんを炊きます」
口々に、美味しそう〜と感動する生徒たち。実際に食べてみてもまた感動。初音の料理教室は大成功のようである。

尾道。
(久太)「あの石頭を鉄平ががつーんとたたき割ったんやで」
(真知子)「鉄平はお母ちゃんよりお父ちゃんのことよく分かっとるわ」
(隆円)「ようやった!またええ店連れてってやるけんのう」
だが鉄平はしばし黙って
「おれは、…父ちゃんに負けて欲しないだけじゃ」
(真知子)「負けるって、誰にね?」
「……。あかりの、…実の父親にじゃ」
千春がデートしているところを見ていた人がいたのだと話す鉄平。
「相手は年上で、音楽家らしいんじゃと」

その話がちょうど戻ってきた錠に聞こえていた。
(隆円)「音楽家…。あかりのラッパも、受け継いどるんかのう」
(真知子)「あかりはその話を聞いたん?」
「じゃけえ、…ぐらついとる。お父ちゃんか…実の父親か…」

「……あかりがそう言うたんか?」
「錠ちゃん!」
「…あかりが…実の父親がええ言うたんか?」
「そんなこと言えるわけないじゃろ?あいつ、無理して笑うて、全然気にしとらん振りして…。痛々しゅうて見とられん。…じゃけえ、お父ちゃんがぶれんとってよ!ほんまの父親がどうとかじゃなくて、ずっと一緒におったお父ちゃんの方が強いんじゃいうこと、証明してやってほしいんよ! あかりには、お父ちゃんしかおらんので?」
「………」

帰宅したあかり。すっかり仕込みができているのを見る。
「………」
そこへ伝がやってきた。塩村から電話で、あかりに謝っておいてくれと伝言されたという。
「時間メモするときに、間違って書き込んだかもしらん、て」
「確認せんかった、うちが悪いんよ」
とあかり。そして
「おばあちゃんには、かなわんわ。下宿も…店も…お料理の先生もできる。そんな人が…なんでうちと張り合うんじゃろ?」
「それは。……あかりちゃんやからや」
優しくあかりのそばに来る伝。
「日陰におったばあさん、日向に引っ張り出したんはあかりちゃんや。こら本気で相手せなあかん、思うたんやないか? あかりちゃんも、本気で、ぶつかっていかな!」

小夜子は初音に礼を言っている。そしてさらに、あかりは店一本にしたほうがいいのではないかと言う。
「せやないと、あの店…田中さんの店になってしまいます」
「………」

初音は結局その日は店に出ず、あかりだけでやっている。以前から常連だった千代子や厚子は初音が具合でも悪いのかと心配するが、朝から忙しかったので疲れたんだろうとあかりが言うと
「鬼の霍乱や」
「知ってた?霍乱て、日射病のことらしいで。鬼は日向に慣れてへんのやな」

あかりは初音の部屋に行き、きょうはありがとうございました、と正座して頭を下げる。
初音は
「店と…会社…2つ続けんのは、無理やったんやな…」
「え?」
「あんた…店やめるか?」
「………」
すぐに何も言えないあかり>

鉄兄はちょっとちりとての小次郎さんを思い出させるな。
気持ちに素直に行動するから(「意地を張りたい」ときは素直に張る…?)、周囲にいわゆる「迷惑」をかけるときもあるし、人の気持ちをかき乱すこともある。けれど、それは必要な擾乱。神様の派遣したトリックスターが物事を本質的なところに導いていく。
鉄兄の反応は「哲学的」ではなく、とても実際的だし、ある点では「普通に世間が見るであろう」ものの見方をするのだが、原理は「世間体」ではもちろんない。
あかりや家族に対する限りない愛を原理として動いているのである。自分の損得ではない。もちろん「自分の居場所」を探しているが、それとて損とか得とかではなく、自分が愛するように自分が愛される場所を求めている。というか、自分がその愛を発揮できる場所を求めている。
神様に愛されているトリックスターなのだ。

ほんとうに、このドラマは全く持ってファンタジーではある。だって、鉄平に限らず、だれもが基本的にはそういう愛の原理に基づいて(いや、愛、愛と連呼するのはボキャブラリーの貧困でもあって恥ずかしいが)動いているのだ。そしてもちろん、自分のことも愛したい。自分を「犠牲」にして人のために尽くす、なんてのは実は必ずしも愛とは限らなかったりする。一見ワガママに見える行為が実は自他ともに愛する行為だったりする。自分を愛せないと人も愛せない、という、まあいささか手垢のついた言葉なのだが。

人は自分が与えたもの、外に放出したものしか受け取れない。ただし量は増えて返ってくる。愛を与えた人には愛が、憎しみを放出した人には憎しみが、倍になり3倍になりして返ってくるのだ。
言い方を変えれば、人はもともと自分が持っているものしか認識できない。愛を持っている人はそこかしこに愛を見つけるだろう。怒りを持っている人はそこかしこで怒りに出会ってしまうだろう。

って少し今日の放送内容からはずれてしまったかも。
少し戻せば。
人に「教える」ということにもそれは反映する。自分の中にないものが教えられないのは当然だが、単なる技術、ノウハウだけを教えてもそれはたぶんうまく伝わらない。伝わっていくものはそれこそ「愛」なのである。自分がしていることにたいする愛。初音はんは、丁寧に出汁を取って料理をするということ自体を愛しているから、たとえ著名な料理人という肩書きがなくても、教わる人たちがいつしか引き込まれる。教え方の上手い下手ではないのだ。
それこそ、著名な割烹料理人の「代理」となったら、私だったら尻込みしてしまうだろう。そのステータスを期待してきている生徒たちの前に「ただのおばちゃん」が出て行くこと、それだけで引け目を感じる。けれど初音さんは堂々としていた。自分が愛していることをそのままに伝えるしかない、と思っているから。もちろん「自信がある」という言い方もできる。だが自信があるのはスキルではなく、やはり愛についてだ。自分がこのことを愛している、ということに自信がある。そうすれば、たとえば本当に生徒さんが不満で去っていったとしても傷つかない。

これから錠ちゃんもきっとそのことに気づくのだろう。

そしてもちろんそれは、鉄工所のことを教える、ということに留まらない。あかりを愛している自分の、その愛に自信が持てれば、本当の父親が出てきたところで傷つくことはないのである。あかりのほうでもそれは同じことだ。


posted by おーゆみこ at 12:19| Comment(8) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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