2010年12月02日

【てっぱん】第58話 縁あって家族 #nhk #teppan #drama

民男くんアーチストやなあ!

<隆円は尾道に帰って、手紙は渡したが初音が読むのを拒否したことを話す。あかりにもその存在を知られてしまったことでまたしても怒り狂う錠。あとは初音とあかりの間の問題だ、としれっと動じない隆円。久太は二人は遠慮し会っているようだからいつまでたっても読まないだろうという。
「他人は口をはさめんいうことじゃ」
と隆円が言うと
「他人じゃと…? わしは!他人なんかじゃないわ!」
ますます興奮する錠。

大阪。あかりが帰ってくると、初音の姿がない。あかりは一瞬、密かにあの手紙を見てみたい衝動にかられたようだがなんとか抑える。
二階の自室に行こうとするといきなり加奈がいた。レッスンまで時間があるので驚かそうと思って来たという。あかりは突然思いつき、加奈になにやらつきあってくれという。

初音はコインランドリーで洗濯していた。その耳に、トランペットの音。あかりがそれを吹いていた。別に初音に聞かせようとしたわけではないようだ。ひとしきり吹いて小さくため息を付き
「これ吹いたらなんかわかる思うたんじゃけどな」
「千春さんじゃね」
「うちを生んだ後…うちに吹いてきかそう思わなかったんかね」
それを密かに聞いている初音。

仏壇の前に鉄平。ためらいがちに、あの手紙に手を出す。それを持って立ち上がったとたん、初音が帰ってきた。
「あ!あんた!」
奪い返す初音。鉄平は初音をじっと見て
「こんなもんがあるけ、あかりが悩むんじゃ!…あいつのばあちゃんなら、それなんとかしてえな」
「…。あんた鉄平いう名前やろ」
「それがなんなんや」
「鉄みたいに強うなれてつけてもろた名前や。こんな紙切れ一枚に負けてたら、親が泣くわ!」
「……。…ばあちゃんこそ…子が泣いとるわ…」
そう言って走り去る鉄平。
「………」
手紙を手に、鉄平の去った方を見るじっと初音。


尾道では、真知子が、大阪に行こうと言い出す。千春の20回忌なので、仏壇に線香をあげにいき、
「ほいで、あの手紙、読ませてもらお」
真知子は、千春の気持ちを考えていた、という。生まれたばかりのあかりを見ながら、自分が死ぬかもしれないというときどういう気持ちだったろうか、と。どれだけ辛かったか、と。
「その千春さんが、最後に言い残したこと、やっぱりちゃんと聞いとかんとね」
「真知子…」
「あかりをうちの子にするとき、どんなことがあっても絶対あの娘を守るって決めたじゃろ」
「ほいじゃから…」
「あんとき、千春さんはうちの家族になったんじゃ。あんときから、うちらは田中さんとは他人じゃなくなったんよね」
そのとき電話がなる。なんと初音からだった。

あかりがトランペットを持って帰ってくると、店に、臨時休業するという張り紙があった。なんよこれ、と驚いてそれをすぐに剥がすあかり。鉄平の仕業かと思って鉄平を探すあかり。

鉄平はいなかったが、民男があかりを出迎え、自分が描いた絵を見てくれという。あの真っ赤なまん丸の上に、いくつものカラフルな顔。
「題名はな、ぼくの家族、や」
「家族?」
「うん。これがお母ちゃん。これが東京におる新しいお父ちゃんで、こっちがお父ちゃんとぼく。これがお姉ちゃん。これが笹井のおっちゃん。ほんでこれが鉄平。伝さん。駅伝のお兄ちゃん。歳いったお姉ちゃん。ほんでこれが大家さん」
「へえ〜」
「これを描くために東京行っててん。新しいお父ちゃんの顔しらんかったし」
「想像で描くのは嫌だったって」
と笹井。
「ぼくの家族な、昔と変わってる。でもいまは、めっっっっちゃ増えたから、自慢できんねん!」
嬉しそうな民男、微笑んで頷くあかり。そして同じく微笑んで見守っている笹井。
「これ、お姉ちゃんにプレゼントするわ」
「え、うちに?」
「うん。お姉ちゃん来てから、みんな楽しそうや。だから、みんなを代表して、ぼくからのお礼や」


あかりはその絵を店の入り口の上に飾った。

そこへ初音がその入り口から入ってきた。
「表の貼り紙勝手にはがしたらあかんやろ」
「は?」
「文句いわんと、さっさと元に戻しとき」
「あのね、ここはうちのお店なんじゃけど。勝手に休みとか決められたら!」
「えらそうなことは借金返してから言い!」
初音は有無を言わせない。

あかりが貼紙を貼り直しているところに、なんと錠と真知子、そして欽也までもがやってきた。驚くあかり。鉄平もやってきて驚いている。錠たちは、あかりの店を見にきた、という。

店の中に入る一同。
「おばあちゃんが急に店休め、って、こういうことだったの…?」
まだ呆然としているあかり。鉄平も憮然の体。そこへ初音が出てきた。
あいさつしあう双方。
「こちらこそ、およびいただき、ありがとうございます」
と真知子が言うのをきき、初音がよんだのだと知ってさらに驚くあかり。
「もしかして…あの手紙のことか」
と鉄平。
「なんだ、お前も知ってるのか」
と欽也。
「仲間外れは…嫌じゃけんの」
「あんなん、ただの紙切れや。千春の手紙…これから開けることにしたわ」
とあかりに向かって言う初音。
「せやけど、うちひとりやない。あんたの…親御さんにも、立ち会うてもらうさかい」
先に部屋で待っていると行ってその場を去る初音>

ファンタジーだと思うけど、民男くんの絵にまたまた泣かされる。
こんなんで泣くのか、と思う人はいるのかもしれないが、今の私には少なくともめっちゃ滲みる。
私も「家族」の縁はどちらかというと薄く、そして今回ますます薄くなってしまったのだ…。
だが、この民男くんの絵が私に「希望」をくれる。そう、血を分けた肉親とか、法律上結びついた夫婦でなくても、「家族」であれる。
ものすごく一般的な言葉としての「家族」(つまり上に描いた血のつながりや法律上のつながりの)を強調されると警戒してしまわざるを得ないのだが、民男くん的文脈の家族なら、これから私にだって作れるのかもしれないのだ、今すぐにでなくても。血のつながりや法律的つながりより、よほど心の通い合ったほんとうの「縁」。

なまじ、いわゆる家族に恵まれている人には分かりにくい感情なのかもしれない。

ともあれ、私評があまりに自分にだけひきつけての展開になってしまって申し訳ないのだが、今の私にとってこのドラマは、あまりにもたくさんのメッセージを送ってきてくれるので驚くほどだ。

そうか、でも、それこそ今年の流行語にも認定された「無縁社会」というやつですね。それにむけてのメッセージなのかな。でもこういう方向性は嬉しい。無縁社会で大変だから、みんな頑張って結婚しましょう子供作りましょう親を大事にしましょう、と言うのではなく、「縁」には、社会の枠組みに関係なく、心を開くことによって恵まれるのだ、と言うこと。

ベタベタ依存し合うのではなく、しっかり自立し、その上で心が寄り添い合う。

出会いもあれば別れもある。でも、離れていても心はつながれる。この間も書いたが、あの世とこの世に別れてしまってさえも。それはたとえば「親子だから」ではなく、かつて愛し合った(男と女の関係だけではない意味での愛)もの同士だから。

民男は、「新しいお父ちゃん」にもしっかり愛を注ぐ。大好きなお母ちゃんと今愛し合っている人だから。そりゃ現実世界では、そこに複雑な感情を抱いてしまうのがまあ普通だろう。だが、ファンタジーの世界ではそうならない。民男はそれこそ、今生ではまだ幼いながらやっぱり「上級生の魂」なのかもしれない。完全に近い「まる」を力強く描き、そこにすべての縁ある愛し合える人々を描く。

「歳いったお姉ちゃん」を描いてくれたのもよかったな。離れてしまっても、縁が切れたわけじゃない。

「孤独」なアパートで、このドラマに(そしてもちろん多くの人々に)励まされながら生きている私。

余談ながら…以前に書いたが、私は「寮」のようなところに住むのがひとつの夢でもあったりする。「寮母さんみたいになりたい」とこの間友人に話したら、そんな夢を持っている人初めて見た、と言われた。だが、まあ寮母さんというのはそのとき思いついて言った言葉ではあっても、こういう「境遇」に陥ってしまうより前から、私はとにかく、自分がもっと年老いた時、多くの「他人」とともに暮らしていたい、となにかそういう姿を描いていた(もちろん具体的にはなにも現時点では当てはない)。で、困ったことに、そこにこれまでの我がパートナーは、少なくともそのままの形では存在しにくい感じだったのだ。ある意味では、今こそ私には、それを夢見、その方向に少しずつでも向かう「自由」が手に入っているとも言える。

「離れていても、つながっていられる」
一方で、
「なにげなくとも、なんとなく近くにいる」
ということもやはり大事だ。
離れている人々の愛を感じよう。
そしてまた、すぐそこにある愛に気づこう。



posted by おーゆみこ at 11:33| Comment(5) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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