2010年10月30日

第30話 自分が救われたいからこそ #nhk #drama #teppan

ちょ字幕(笑)。

<結局、栄治と下宿人たち+「そしてなぜか」(と字幕に出た)岩崎先生が集まり(集められ?)小夜子の「送別会」が開かれることとなった。だが下宿人たちは小夜子を知っていたわけではない。なぜここで、といぶかしむ滝沢。
「はじめまして、そしてさようなら、ってとこやな」
とそれなりに受け入れている冬美。

岩崎先生が、重要な人がいない、社長はどうしたのだ、と言い出す。
「ま、まもなく駆けつける予定です…」

こういうときはお好み焼きやで、と冬美が欽也の買ってきた例のホットプレートを出してくる。知らない同士が一枚のお好み焼きをみんなでつついたらあっという間に仲良くなる、と。初音もそれには反対しない様子。

あかりは台所で村上家のお好み焼きのタネを作っている。やり方が違うので、
「やっぱり別の食べもんやなあ」
と初音。
「それより、この後どうしたらええ?」
「そんなん知らん」
「知らん言うて!このままじゃ、小夜子さんほんとに辞めることになるじゃん」
「そやったら、二階の野良猫引っ張りだしといで。準備はしとくから、さっさと行き!」
「あとさき考えずに送別会やら言うて!」
二階に向かいながらも憤然とするあかり。

食堂では栄治が小夜子についていろいろ下宿人たちに紹介しているらしい。売れっ子のホステスだったということをわがことのように自慢している栄治。
小夜子はなんで鰹節会社に転職したのかと冬美が聞くと
「なんでやろな…。きっと、まずいお好み焼きを食べさせられたせいかもしれんな…」
そんな小夜子の言葉を台所から聞いている初音。
「初めて本気で惚れた人に、お子さんがおって、その子が焼いてくれたんですよ。焼く前やのに、鰹節を山ほど入れて、もうぐっしゃぐしゃのお好み焼きを…」
そらまずそう、と民男と冬美。
「その子が、ニカーっと笑って、おばちゃん、うち来たら鰹節毎日食べられるで!って。その子のことがほんま、愛おしゅうてなあ」
柔らかい笑顔で言う小夜子。冬美も微笑んで
「なんやうち…その子知ってるような気するわ」
そう言う冬美にビールを注がれる岩崎も同意するように微笑んでいる。

二階。浜野のそばに座っているあかり。浜野は問わず語りに
「小夜子さん…うち来たばっかりのとき、いつも寂しそうな顔しとってな…。また逢う日まで、口ずさんでたんや。それ聞いたらなんや切のうなってな、トロンボーンで吹いてみたんや。…そしたら、小夜子さん笑うたんや。ぼんは優しい子やなあ、言うて、ほんまええ笑顔で…。まだガキやったから、バカの一つ覚えや。その笑顔みたさに、何度も何度も…」
「わかります。うちがトランペット吹くようになったのも、同じじゃったけ」
「いつのころからやったろ…小夜子さん笑わんようになったの。せやから僕は…」
「送りましょう。小夜子さん笑顔にして、送り出しましょう」

初音は(自分流にしてしまったのであろうが)お好み焼きの準備をしている。浜勝さん遅いですね、と岩崎が言い出す。民男もお腹が空いたと言い出す。そのとき、「また逢う日まで」のイントロが突然。二階から楽器を吹きながらあかりと浜野が降りてきた。
「なんやそれ」
と滝沢。すると岩崎が
「浜勝さんの思い出の曲です。大切な人との」
チラリと岩崎を見やる小夜子。
「…あかん。やっぱり笑わへんやんか」
浜野が背を向けようとした途端
「逃げるんかいな!」
と初音。
「うちの孫の大事な客や。これ焼かんで帰らすわけにはいかんなあ」
とお好み焼きのタネを差し出す初音。
「おばあちゃん!」

「ほれ、焼きなはれ」
初音はそう言うと、大きな鰹節の袋も浜野の前に置く。
「あんたが焼かんで誰が焼く?」
「そうや、毎日鰹節食べさせたるって、約束したんやろ?」
と冬美。
「社長!」
と栄治。
「……」

浜野はガバッとボウルをつかむと、やけくそのようにかき混ぜ始める。そしてホットプレートの上にあけると、いきなり大量の鰹節を投入。なんでそこで入れるんや!と一同の悲鳴のような声。
「かつぶし屋が…かつぶし殺しとるわ」
と栄治。
だが浜野はそのまま無言でお好み焼きを焼きつづける。かなり乱暴な手さばき。俺より下手や、と滝沢。
そこへまた伝がばたばた駆け込んでくる。
「こ、この匂い!こんどこそ初音はんのお好み焼きかーー!」
うれしそうに言うも、手を下していない初音を見、そしてホットプレートの上のものを見
「な、なんやこの…ボロ雑巾みたいな食いもんは…?!」

だがいつしか皆だまりこくって(ときどき「うええ」という表情はしつつも)浜野がお好み焼きを作るのを見つめていた。
手を止めて、小夜子を見る浜野。顔をあげた小夜子の目に涙がたまっている。
「食べてくれ…!」

あかりに、よそってやれと言う初音。
「なんであんたが焼かんかったんや…」
と伝。
「これが…うちに焼けると思うか」
と初音。

あかりがよそってやったお好み焼きを、栄治に「無理せんと」と言われながらも食べる小夜子。
「どうや…」
と浜野。
「……まずいわ…もうめちゃくちゃや…」
そう言いながらもしゃくりあげはじめる小夜子。
ホットプレートが台無しになりそうな勢いで鉄べらをつきたてて切り、自分もほおばる浜野。
「…ほんま、笑えるくらいめちゃくちゃやな…」
泣き笑いする小夜子、そして浜野。
「はい!小夜子さんの送別会は、これで中止!ええですね!」
と小夜子に向かって言うあかり。
「せやね…」
と小夜子。
「なんやわからんけど、締めよ!ほら、笹井のおじちゃん、音頭とって!」
トロンボーンを持っていた笹井にふる冬美。トロンボーンを吹く真似をしながら口で
「ぱっぱっぱら〜ぱぱ!うーー!」
と「また逢う日まで」のイントロを歌う(?)笹井。トランペットを持っていた民男がそれを受け、一同大笑い。初音の顔もほころんでいる。

つとその場をはずす初音、それについていく伝。
「思い出したわ」
と伝。
「なんや?」
「昔、こうやって常連さんらの仲、なんとのうとりもってやってたな」
「なんのこっちゃ…」

テーブルではみんなが「めちゃくちゃなお好み焼き」をつつきまわして食べて笑っている。それをちらりと見やる初音の顔もわずかに微笑んでいる。それを見てうれしそうな伝である。

夜。初音とあかりの布団が心なしか近寄っている。
「大家さん…ついにうちのこと、孫いうたね」
「……」
「おやすみ」
あかりが背を向けると、突然笑い袋のけたたましい笑い声。びっくりして身を起こすあかり。初音が横になったままで、笑い袋を手にしている。
「…どっちかに決め。…大家さんか、おばあちゃんか」
「……。お休み、……おばあちゃん」

笑い袋はまだ笑いやまない。布団の中でそれぞれ微笑んでしまっている2人だった>


案の定「あ〜そんなガシガシと鉄ベラをホットプレート上で…」と心配する声がツィッター上に多数。私もそう思いました (^_^;)。でもま、ええやないか。あるいは誰かが書いていたように、これでホットプレートはダメになり、「じゃああの大きな”ひかってる”てっぱんで!」ってことになるのかもしれないし。

夜、DVDを見直しながらあらすじを書き、終わってリアルタイムのテレビ放送に戻ったら「無縁社会」のシンポジウムみたいなことを放映していた。テレビ見るのが苦手なので (^_^;) (^_^;)チラチラとしか見ていないが、自殺したお年寄りも7割は家族と同居していたのだという。「行方不明」の高齢者のケースも事情は千差万別のようだし、類型化はできない。行政が手を差し伸べようにも、「人の世話にはなりたくない」支援を断る一人暮らしの高齢者もけっこういるとか。
「お節介の復権」
などというスローガン(?)も番組中で掲げられていた。

それにつけても思うのは、「お節介」についてともすれば「過剰反応」する傾向。まあ「お節介」という言葉自体にネガティブな意味合いがあるわけで、つまりはなにかの「働きかけ」をやたらと「お節介は無用」とはねつけてしまう傾向が今の人々にはあるように思う…私も含めてだが。
「お節介」のネガティブイメージは、それこそ「上から目線」だったり、押し付けがましかったり、「やってあげる」意識だったり、そういうものから来るのだろう。誰でもある種のプライドがあるから、それが耐えられない。
あるいはプライドの問題というより、何度も書いて来ているが、人は基本的に、自分がだれか他の人の役に立ちたい、という思いがあり、それができるところにこそ「居場所」を、すなわち生きる意味を見出せるのである。なのに、役に立つどころか「迷惑をかける」存在になるのは寂しすぎる。
だが考えてみれば、他人の役に立った人がそれで喜びや生きる意味を感じられるのだとすれば、役に立つことを「させてやった」側はもっと堂々としてもいいはずだ。インドでは物乞いがなにかもらえば「徳を積ませてやった」とむしろ偉そうにしているという。昔その話を聞いたときは、んなアホな、と笑ったが、今はなんだか分かる気がする。

人が人のために何かをすることはむしろする人の方の喜びであるはずだ、という概念が浸透すればこの世の中はもう少し良くなるのではないか、と思ってしまったり。してもらったほうも遠慮せず、そして「してあげた」ほうもむしろ感謝するのがあたりまえになったら…人の尊厳を損なう「お節介」ではなく、それぞれが「お互いさま」と思えるようになればいいのではないか。

つい「無縁社会」という番組に影響された私評になってしまったが、ドラマに戻れば、あかりは「自分が救われるために」こそ、人にも関わっていこうとする。だから単なる「お節介」に思えないのだ。もちろんあかりだけではなく、彼らはみな自分の中になにかを抱えていて、だからこそ「開かずの間」を心に作ってしまっていたが、本当は救われたいと思っている。だからこそ他を救える潜在的パワーも持っているのだ。自分が救われたい人こそが人を救える。自己中心上等。自分に真剣に向き合うという意味での「自己中心」だけどね。

まあ今日のドラマ自体はちょっとたしかにベタだよね。ある意味「おとぎ話」ちっくだ。でもおとぎ話が世界の真実をついていることがままある。へんな言い方だが、「現実」のほうが歪んでいることだってあるのだ。なにかの加減で歪んだ…と言って悪ければ、真実からそれてしまったものの見方をする人々の思いが反映されているから。「現実」は「真実」ではない。おとぎ話はむしろ、純粋に抽出された真実かもしれないのだ。


P.S.
第1回のあらすじをきのう書いてあらためてアップしましたのでどうぞ。今改めてみるといろいろ発見があって、なかなか良かったです。

第1回あらすじ追加こちら

それから、27日(水曜日)分のあらすじも追加しました。

10/27分 こちら

posted by おーゆみこ at 08:32| Comment(3) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月29日

第29話 他人の中に自分を見る(あらすじあり) #teppan #nhk #drama

笹井さんの部屋がなんか素敵。

<辞めさせてもらう、と言う小夜子に呆然とする浜野とあかり。

だが翌朝、朝食中に栄治から電話があり、それを聞いて慌てて片付けもせずに飛び出して行ってしまうあかり。

なんと社長である浜野の方が「辞表」を置いていなくなっていたのだ。小夜子があちこちに電話して聞いているが、取引先もバンドメンバーも行く先が分からないという。ともあれ仕事に戻ろうと小夜子。
「こんな状態じゃ、辞めるに辞められへんわ」

「結局いつものように、小夜子さんが尻拭いじゃ」
と栄治。
「いくらなんでも、社長さん甘えすぎじゃわ」
とあかり。栄治は、浜野は小さいころにお母さんを亡くしているのだと話す。小夜子の助けがあってこそ、ハタチそこそこで社長に就任できた。そのころは張り切っていたのに
「どこでボタン掛け違えたんかな…」

コインランドリーで笹井が洗濯していると、どこかからトロンボーンで「また逢う日まで」のメロディが聞こえてくる。笹井が探すと、路地の向かいのクリーニング屋乾燥室のようなところでうずくまってトロンボーンを吹いている浜野がいた。

夕方、あかりが帰ってくると玄関で出くわした笹井が挙動不審。ソーセージなどを抱えて焦って部屋に入ってしまう。追いかけるあかり。そして部屋の中から浜野の声が聞こえてくると、いきなり戸を開けてしまう。
「社長さん!なんでここにおるんですか!」
「ごめんなさいい!」
慌てて謝ったのは笹井の方である。浜野の方は
「なんやおのみっちゃん、ノックもせんと」
「心配したんですよ!」
「俺みたいなものが人の上にたつのは向いてへんねん」
「小夜子さんが心配してます」
そういうと浜野はいかにもうんざりした顔になり
「勘弁してよ、もう疲れたわ」
とふてくされたように横になってしまう。

そのとき、初音が部屋を訪ねてきた。
「笹井さーん。大家や。入りまっせ」
大慌てで身を隠す浜野。
初音は入ってきて
「冷蔵庫から、ソーセージもチーズもなくなってる」
怯える笹井の肩を掴み
「あんた、またなんか拾うてきたな。犬か?…ほな猫か?」
恐怖で(?)口を大きく開けたまま首を振る笹井。あかりも一緒になって首をぶんぶん振っている。
「もう〜めんどくさいなあ!!なんなんや!!」
苛立って大声を出す初音。そして床に散らばったソーセージなどを拾い集め始める。
「んあ"〜〜あ"もう!!」
今度はあかりが苛立ったように初音の腕を掴み
「人間じゃけん、面倒なんよ!!」
「え?」

浜勝。仕事を続けている小夜子。そばに栄治。
「あの〜」
言いにくそうに栄治が声をかける。
「こうなったら、小夜子さんが社長になったらどうでっか! わし…小夜子さんのためやったら…」
「…神田さん」
「はい!」
「あんた社長のことが心配とちゃうんか?」
「すんません…」

そこに電話がなる。初音かららしい。今から鰹節を届けてくれ、という。
初音のそばのあかりは「ちょっと、どうする気?」と小声で尋ねるが初音はそのまま続け、うちのものに届けさせるという小夜子に、ぜひ小夜子さんに来てほしいのだと主張している。

結局小夜子と栄治が連れ立って田中家に出向いてきた。例によって通りの脇に座っていた伝は
「なんか…起こりそうやな…」

あかりは笹井の部屋から浜野を引っ張り出そうとしているが、浜野は抵抗する。
「なんで小夜子さん呼んだんや…」

鰹節を届けた小夜子はそのまま辞去しようとするが、初音はお茶を飲んでいけと勧める。そのとき、小夜子からは見えない階段のところで、あかりがしきりに手招きしているのを栄治が気づく。事態をある程度把握した顔になった栄治は、「せっかくやから招ばれよう」と機転を利かし、遠慮して戸惑う小夜子を引っ張り上げてしまう。

笹井の部屋で、笹井が絵を描いているのをじっと見ている浜野。
「ええなあ。あんたは自由で」
そう言うとごろりと横になってしまう。笹井は向き直り
「ボク、自由に見えますかぁ?」
「…は?」
少し体を起こす浜野。

だがそのとき戸がいきなり開いて、栄治が入ってきた。そして無理やり浜野を背負いあげて連れて行ってしまう。

笹井はまた絵を描きつづける。太陽のような大きな丸いものの絵。だが太陽の光のように四方に散っているのは茶色で、どうも太陽でもないらしい。

「社長…おらんようになったんやてな?」
お茶を入れながら小夜子に言う初音。
「…はい、毎度のことで」
やや恥ずかしげに言う小夜子。
「ふしぎやわ…。あんな社長のために、なんでそない気張りますのや」

栄治とあかりは浜野を階下に下ろそうと奮闘しているが、抵抗し続ける浜野。
だがともあれ、階段の途中、初音と小夜子の話が聞こえるあたりに座らせて落ち着かせた。

「うるそう言うたら反発する。反発はバネになるから力になる。それが男や、思てたんですわ」
「飲み屋で学んだ客あしらいか。それはとんだ、計算違いやったなあ」
「ほんま。浜勝にきたときから…計算違いの連続や」
先代に、うちにこないかと言われたとき小夜子はてっきり後妻に口説かれたと思ったが、結局は会社の経営を手伝ってくれということだった。
「色気より、金勘定の腕、見込まれたわけや」
「あほですやろ」
恥ずかしげに首をすくめる小夜子。
「せやったらなんで…先代が亡くなったとき…辞めんかった?…音楽かぶれの放蕩息子、あんたが背負い込むこと、なかったやんか」

階段でひそかに、嫌そうに聞いている浜野が顔をあげる。

「…なんでやろ…。アホも過ぎれば、可愛いということですかね…」

ガク、と膝で支えていた肘をずらす浜野。背後から栄治が肩に手を置く。

「腐っても屁こいても、今はうちの社長なんです」
「そら…ちゃうな。あんたにとっては、もう社長やないわ。…言うたら、…親子や」
「親子?」
「あんた、お母ちゃんになってしもとる。社長のこととなったら、なんやムキになってしまうやろ。それはな、ダメなお母ちゃんの典型や」
「お母ちゃん…?」
「……似たような人間…よう知ってますわ…」
やや目を伏せて、自分自身に言うように言う初音。

「…やっぱり私、辞めなあかんな…。私がおるかぎり、社長は戻ってけえへん…」
「さよか…。会社辞めるんか。ほな、送別会開かなあきまへんな?」
初音は立ち上がる。
「送別会??」
戸惑う小夜子をよそに、初音は大声で栄治を呼び
「小夜子さん会社辞めはるんやて。送別会開きたいさかい、準備手伝うてくれまっか?」
「もちろんですわ!」
栄治もとりあえず初音の思惑に乗ろうとしているらしい。

「ちょ、ちょっと、どういうつもりなん…」
小声で初音に聞くあかり。
「ほかに…口実を思いつかんかったんや。時間は稼いだ、あとはなんとかやり」
「なんとかって!」

また笹井の部屋に引っ込んでしまった浜野。「また逢う日まで」を口ずさんでいる。
「尾崎紀世彦さんですね」
と笹井。
「あ。だれそれ?」
「今の歌の歌手ですよ、もみあげが、こ〜〜んな!」
もじゃもじゃ、という手つきをする笹井。
「あ、そうなんや。てっきり女性歌手か思ってたわ」
「え、どうして?」
「この歌教えてくれたのが女の人やったから…」

そこにあかりがやってくる。
「社長、降りてきてくれませんか。社員の送別会に社長がおらんでは話にならんけん」
「辞めるのは僕や。小夜子さんが辞めることないやろ」
「それは…。小夜子さん、社長がおらん会社には、おる意味がないんや思う」
「せやからなんで」
「小夜子さんは、社長さんの、お母ちゃんじゃけ」
「ああ、お母さんだったんですね、あの歌を教えてくれたの。あ、違いました?」
と笹井。
「……」
無言で手にしたトロンボーンをいじる浜野>


小夜子さんと初音さんは意気投合するんではないか、と予測したが、その兆しが意外にも早く現れた。私の予想では、初音さんももっと心が過去の呪縛から解き放たれたとき、小夜子さんとともに、「まったく音楽なんかにうつつ抜かして、しょーがない子たち(だった)よね」と、冗談めかして愚痴を言い合えるような関係になれるのでは、ってことだったのだが、今日のドラマではすでに初音さんは小夜子さんにかつての自分を重ね合わせて見始めていたね。
初音さんも千春さんの将来を案じるがあまりに、口うるさく言ってしまったのだろう。

自分のことは自分ではよく見えないものだが、他人の中にある自分の姿に気づくと、鏡を見ているように自分が分かるかもしれない。人の振り見て我が振りなおせとはよく言った。
もっとも、かたくなに心を閉ざしている間はそれも見えない。自分の心を閉ざしていたら、人の心も閉じているようにしか見えないのだ。自分の感情も封じ込めているから、人の感情も気づかないし、気づきかけても見ないふりをしてしまう。
あかりは自分がつらい事実を突きつけられても心を閉じたりはしなかった。あかりの強さは、「家族」の愛によって培われたものでもある。
心を閉じてしまうのは、ある意味では楽なことなのであろう。揺さぶられることに耐えられないから防御する。それはある程度致し方ないことでもある。

だがやっぱり、心を閉じたままでは生きられないのだ。人間はとにかく、ひとりでは生きられない。ひとりでは自分のことが見えないから。あらゆる意味で、他の人は鏡だ。そして他の人がいなければ「自分」もない。
物理的に(?)一人暮らしであろうが、血縁のない天涯孤独であろうが、人とつながることはできるし、というかつながろうと頑張らなくても、人はひとりでは生きていないのである。必ず誰かと関わっている。
だが、心を閉じてしまうと「ひとり」になる。人との関わり、支え合いに気づかないと、孤独になる。孤独とかひとりとか言うより、それは「世界を正しく認識できていない」という事態でもあるのだ。

自分が自分であるためにこそ、そう、それこそ「自分が誰なのか知る」ためにも、他人のことを見、関わっていく必要がある。他人の中にこそ自分がいる。

あかりにぶつかってこられて、障子に開けられた穴のように、ほんの少しだけでも心を開かされた初音さんは始めて、かつての…そしてたぶん初音さんにとっては時間が止まっていたので、今の…自分の姿を小夜子さんの中に発見した。小夜子さんという他人を、ちゃんと見たからである。

ところできのうの放送で、そろそろ前を向いて、と伝さんに言われた初音さんは、目は後ろについてないから前向いて歩くしかない、と返した。
そう、たしかに初音さんは前を向いていた。でも、歩いてなかったのである。自分では、背筋を伸ばして、前を向いて歩いているつもりだった。でも実は、その場でずっと足踏みし続けていただけだ。過去に縛り付けられて、前に進めずにいたのである。だがかたくなに「前を向きつづけた」つまり、脇目を振らなかったし、ちゃんと振り返って確かめることもしなかったのである。だから状況を正しく把握しないままだった。

前を向くだけじゃなくて、脇目も振らなければならないのである、人生は。

笹井さんの、「自由に見えますかあ?」も気になるな。笹井さんからすれば、子供のように甘えて自分の心の通りに振る舞える浜野社長のほうがよほど自由だろう。浜野社長にもなにか屈折はあるみたいだが、自分がいかに愛されているか(必ずしも小夜子さんだけではなく)、その愛によって広い自由に振る舞える「遊び場」が守られているかに気づかなければならない。
あかりはそのことに…自分が守られた場にいて、その中で自由に振る舞えることに気づいていて、それに感謝している。

孤独になるも、不自由になるも、自分次第なのだ。感謝のあるところ、愛と自由がある。
posted by おーゆみこ at 13:01| Comment(3) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

第28話 嫌でも朝はくる(あらすじも復活) #teppan #nhk #drama

また初音さんファンが急増の予感。

<障子に穴を開けて「開かずの間」の中をのぞき、お好み焼き屋だったんだと皆が驚いているところに初音がやってきた。固まる一同。伝が初音の前に行って手を合わせて謝ろうとするが、初音は何も言わず、そそくさと自分の食べた食器をすすいで逃げるように部屋に引き戻ってしまう。
伝が、自分が謝りにいくと言うが、あかりは、「私は孫じゃけ」と自分が行くと言う。

あかりが初音の部屋の襖の前でためらいつつも「入ります」と言ったとたん、中からけたたましい笑い袋の声。
慌てて中に入るあかり。すると初音は笑い袋を手にし、あいかわらずのポーカーフェイスで
「こんなもんで笑えるんやったらだーれも苦労せんわ」
「あの…」
「店のことは、なーんにも喋る気ないで、今も、これから先も」

下宿の一同も心配してそばまで来ているが、襖の中の様子はうかがい知れない。けたたましく笑いつづける笑い袋の声をむしろ不気味がる。

「……」
なにも言えず座っているあかりに、初音は、なにをしている、あんたがお好み焼き焼いてやらなければ、と促す。そしてあかりが立ち上がると
「あんた…これの止め方、分かるか?」
と笑い袋を指して尋ねる。

破いてしまった襖の穴にきれいげな紙をはって補修している伝。伝さんも食べないのかと誘われると
「言うたやろ、ワシは初音さんのお好み焼きに操を立てとるんや」
今でも舌に残る美味しさだったという。それなのになんであんなに嫌いになってしまったのかといぶかる冬美。
「いろいろあんねんて」
と伝。
せっかく隣にてっぱんがあるのにもったいないですね、と笹井。あの大きなてっぱんで焼いたの食べてみたいなと民男。

そこへ滝沢がやってくる。
「あ、駅伝君、きょうの夕飯は”おのみっちゃん焼き”やで」
駅伝くんと呼ばれた滝沢の顔を見た欽也は突然たちあがり
「駅伝、って…もしかして…箱根駅伝の、滝沢選手…?」
「はあ」
当惑ぎみに返事して席に座る滝沢。
「おぅわー!なんできのう気づかんやったんじゃあ!」
と叫びながら滝沢の前に座る。
「欽兄、知っとんの?」
「知っとるもなにも、10人抜きの滝沢言うたら、陸上界のプリンスや!」
「へええええ」
大いに驚く一同。

夕食後。欽也は滝沢の部屋でシューズなど見せてもらって感激している。欽也はそれが箱根駅伝の時に履いていたシューズだと特定できるほどに滝沢をずっと見ていたのだ。
さらに欽也は、自らマッサージしている滝沢のふくらはぎを見て
「ふくらはぎ……。触ってもええ?」
とびすさる滝沢。外で盗み聞きしている冬美も驚き、徹は民男の耳を塞ぐ。

欽也はあらためて滝沢に
「きのうはありがとな」
「なにが」
「あかりが…ほんまの父親のこと聞かれたとき、止めてくれたじゃろ。……ああいうとき家族だとかえってうまくやってやれんのよ」
「あの…。妹さんが大阪に出てきたのは、大家さんと一緒に暮らすためなんですか」
「…本人は、ばあちゃんに挑戦するんじゃ、言うとったけど…」
「…挑戦…」
盗み聞きしている冬美の顔がアップになる。
「けど…心の中はいろいろあるはずじゃ…」
冬美のなにやら物思う顔。

「…垣根も作らんと行ったり来たり。あんたとこは、ほんま、おかしな家族やなあ…」
寝床の中で初音。
「おかしいかねえ?」
「ま、そやなかったら、他人の子は育てられんか…」
「あの…」
「なに」
「…ほんまは、知っとるんやないの、うちの父親のこと」
「それ知って、どないするんや?」
布団の中で起き上がるあかり。
「確かめたいんよ。…うちが…望まれて生まれたんか…うちが…生まれてきた意味はなんなんか」
「…3つだけ教えたる!」
「3つ?」
「ひとつ。あんたの父親のことはしらん。千春とどうやって出会うて、どないして別れて、生きてるのか死んでんのか…こっちが聞きたいくらいや。…ふたつ。この世に生まれた意味なんか、人に聞くもんやない。自分で探していくもんや」
「…自分で…」
「見つかるかどうかは、別の話やけどな」
寝たままであかりを見やる初音。
「みっつ。…夜になったら寝るもんや。…嫌でも朝がくる。おやすみ!」
「……おやすみなさい…」
そう言うあかりの目に涙がたまっている。

(いつもより…近くで枕を並べてるような…そんな朝ですわ…)
とナレ。

翌朝。欽也が発とうとして
「田中さん、お騒がせしました」
「お騒がせ、されました」
玄関前の掃除をしながら、皮肉っぽい初音。
「え?」
「いつものことじゃけ、気にせんでええよ」
あかりは動じていない様子。
「あ、ほいじゃ、お邪魔しました…」
するとこんどは
「邪魔するんやったら、二度と来んといてな」
「え」
「あれもじゃて!ほいじゃ行ってきま〜す」

元気に出かけていくあかりと欽也の後ろ姿を見やる初音の顔が心なしか優しい。そこへ伝が出てきて
「あかりちゃん、すっかり大阪に馴染んだようやな〜」
「まだまだや」
「…いろんなことが、なんだか変わって見えるな」
「また老眼進んだんかいな」
「初音はん…気ぃついてないかもしれんけどな…。あんたの顔、えらい柔らこうなってきてるで」
「ほんま、眼鏡、作り直しなはれ!」
「もう前を向いて…生きてもええん違うかな」
「頭の後ろには目がないさかいな、前向いてしか、生きられへんわ」
あくまで憎まれ口をきく初音だが、伝はなにやら嬉しい様子。
そして初音も、ひそかに洗面所の小さな鏡で自分の顔を見、頬に手を当て、ごくかすかに微笑みを作るのだった。
(老眼のせいと、違いまっせ…)とナレ。

老眼鏡をかけて請求書らしきものを見ている小夜子。
(老眼で困ってんのはこっちのほうや)

小夜子と向かい合って事務仕事をしているあかり。浜勝の営業は終了しているらしく、栄治が、工場の鍵は閉めたと言いにくる。切りのよいところまで残業する、と小夜子が言うのを聞いて栄治は先に帰るというが、なにか言いたげな表情でもある。しばらくたって小夜子はすでに帰ったようだがあかりはまだ仕事だ。そのとき、工場のほうから管楽器の音が聞こえてくる。

あかりが見にいくと、浜野はじめ商店街バンドの連中が来ていて、岩崎までやってくる。あかりは浜野を止めようとするのだが、かまわずに岩崎は指揮を始めてしまい、「また逢う日まで」の演奏が。そこへ小夜子がやってくる。慌てるあかり。浜野にすがるように声をかける。浜野が振り向くと
「社長!」
血相を変えた小夜子。
「なにしてはるんですか!」
「別にええやないか、営業終わってるんやし」
「言いましたよね、ここは食べ物をあつかう場所やて」
「……」
「お願いします!社長としての自覚を持ってください!!」
「……もうええわ。せやったら、小夜子さんが社長やったらええねん。小夜子さんがホステスやめてここへ来たんは、オヤジと結婚するつもりやったからやろ。社長夫人になりそこねたんや。社長になったらええがな…」
「……。…そうですか…。そこまで言わはるんやったら…あたし…辞めさせてもらいますわ!!」
「……。え?!」
小夜子の思いがけないリアクションに驚く浜野>


(老眼のせいと、違いまっせ…)
に泣かされた。伝さんの優しい表情もまたいいなあ。

「夜になったら寝るもんや。嫌でも朝はくる」
「初音さんの成長」を見るドラマ、とか初音さんに失礼なことを書きまくってきたが、やっぱり初音さんも伊達に歳を重ねて来てはいないなと思った。初音さんは心に「開かずの間」を作ってしまっていたが、それでも凛と背筋を伸ばして生きてきたのだ。そうでなければもっとグダグダになってしまっていたかもしれないほどの悲しみを抱えながらも。

悲しくても辛くても(衝撃の「直後」は難しくともいずれは)、眠りには落ちるし、朝はくる。そしてお腹は減り、食事をする。

シンプルだけどここに人生の「秘密」がある。悲しくても辛くても、人の本能は「生きよう」とするのだ。その「意味」を考えなくてはならない。

「意味」といえば、自分の生きる意味は人に聞いてもしょうがない、自分で見つけるのだ、という言葉もまた「伊達には言えない」台詞だが、これはあるいは、初音さんは自分にも言い聞かせているのかもしれない。そして自分もまた、その意味を見つけられずにいるのかもしれない。ないのかもしれない、とすら思っているのかもしれない。でもそこで、「嫌でも朝はくる」だ。意味があるのかないのかすらわからない、それでも自分は「生かされている」。意味は見つからないかもしれないけれど、ないかもしれないけれど、でもなぜだか生きているのだ。

何度も書いたが、あかりが「いっちょかみ」であってもなぜか嫌味だったり「あかり様」と言いたくなるような「いわゆる朝ドラヒロイン」風お節介とどこか違う気がするのは、それが自分と関係のない他人に「こうすべき」という観点から正義風吹かせて口を出すということではないからである。あかり自身が自分が何者か分からない、生きている意味がぐらついてしまっている状態で、それを知りたくてぶつかっていっている過程だからだ。

意外にも(?)視聴率は健闘していて、私が始めに予測したようにゲゲゲからは大幅に下がってしまうということもそんなにないようである。いや、下がってはいるのだが、下がりかたがさほどではない。視聴率はそもそもあてにならないとは思っているが、ツィッターでも、少なくともタグをつけて発言している人々はおおむね好意的で、ときどきリアリティとかにこだわる人がいても、そういう人ですら基本的にドラマ自体は好ましいという印象を持っているように思える。単なる「お節介ヒロイン」ではないようだというのを皆が感じているからではないかなと思うが如何。
あかりちゃんの中の人の演技もなかなかたいしたもんだよね。脚本も演出も俳優たちもなにか、いい場の気を相互に作り出して、すべてがうまく作用している現場のような気がする。
posted by おーゆみこ at 15:20| Comment(2) | TrackBack(0) | てっぱん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする