戌井さんは偉いなあ。
<政志にもなにか心に秘めたものがあるらしいと感じる布美枝。
太一には、美智子が心配していたと声をかける。太一がジャズ喫茶に行っていると聞いた浦木は、それは別にあぶないところではない、貧乏な若者たちが音楽を聴いているだけだ、今度はるこを連れていこうと思っている、薄暗くてアベックにもちょうどいい、とにやにやしている。
「変なことするんじゃないぞ」
それを聞いて太一に言う茂。太一は、俺はそんなんじゃないと否定し、実は仲間と一緒に詩や短歌の同人誌を作ろうとしていて、その打ち合わせとかに行くのだと打ち明ける。競馬も、寺山修司が行ったと書いていたので行ってみたかったのだという。当時の寺山修司はまだ世間にあまり知られている存在ではなかったので、茂たちも知らなかった。
美智子たちには秘密にしておいてくれと太一。同人誌が出来たら見せて驚かせたい、という理由を聞いて、そういうことなら、と笑顔で秘密を守る約束をする布美枝。
「あ〜やだやだ、詩だの同人誌だの、金のにおいが全くしない」
と浦木。
しばらく後。「ゼタ」の創刊号ができあがった。早速自分の作品のページを見る茂と布美枝。あらたな「ねずみ男」のキャラのせりふが浦木のせりふと似ているのと思う布美枝。
茂は雑誌の出来に大いに満足したようだ。
そこへ戌井が、創刊の祝いだとバナナをもってやってくる。茶色くないのは久しぶりだ、と喜ぶ2人。朝一番に書店で買った、とゼタを持っている。いや〜おもしろい、と感心している。ただ創刊号にしてはちょっと荒っぽいところもあると言うので深沢が、ものすごく急いで作ったのだと話す茂。自分の原稿など3日で仕上げた、
「なにしろ注文を受けた日がもう締め切り過ぎてたんですからなあ」
と笑う。それだけ深沢の情熱が激しいことにやはり感動する戌井。深沢に自分の作品を出してもらったこともあって以前から知り合いだが、彼への憧れもあって自分も出版社を立ち上げたのだという。ゼタを見て、感心すると同時に、自分にはとても作れないとじくじたる思いもある、と戌井。
風鈴の音に耳をとめ、
「風…。そうだ!この雑誌には、自由の風が吹いている気がするなあ!」
はるこはこみち書房で自分の作品を見つけ、キヨに、この本人気ありますか、と聞いてみる。はるこが当の作者とは知る由もないキヨは、本を見てあっさり
「あまり人気ないね。あまり本が汚れてないもの」
さんざん借りられてぼろぼろになるのが貸本にとっては勲章だとキヨが言うのを聞き、はるこは自分のほかの本も手に取ってみるが、全部きれいだ、とショックを受ける。
村井家を辞そうとしていた戌井にちょうどやってきた深沢が声をかける。深沢も創刊の挨拶とお礼にやってきたのだという。帰ろうとする戌井を引き留めて一緒に一杯やろうと深沢。
深沢は戌井にも、久々に1本書かないかと言うが、戌井は、描くのはもうやめたのだという。漫画家として本物になれるのは、
「水木さんみたいに、わき目もふらず、ただただ描くことに熱中出来る人です」
自分は一歩引いて見てしまう癖があり、自分のマンガも客観的にさめた目で見てしまう、自分のマンガのレベルも見えてしまう、見る目には自信があるから、と苦笑する戌井。しかし日本一小さい出版社としてはやることがたくさんある、とそれなりに意気けんこうな様子。
カットを描く仕事の打ち合わせではること会っている浦木。仕事の方は浦木にとってはどうでもよく、そそくさ終わらせてデートに誘おうとするが、はるこは突然
「もう終わりにしましょう」
のけぞる浦木。だがはるこの言っていたのは仕事のことで、マンガに集中したい、今が正念場なのだ、ほかのことをやっている暇がないのだ、と訴える。
はることの接点がなくなって喫茶店で落ち込んでいる浦木。そこへ、政志が別の男と一緒に入ってきた。
「手紙書いたけど、どうして返事くれないの?」
と政志と一緒の男。
「悪い悪い」
と政志。
聞き耳を立てる浦木。
深沢と戌井は茂の戦艦模型を見て感心している。
郁子は布美枝を手伝って台所で片づけをしてくれている。
丸の内の重役秘書だったなんてすごいですねと布美枝。妹が東京での仕事に憧れているので聞いたら羨ましがるだろうと言うと、
「憧れるような仕事じゃありませんよ」
と郁子。
「私、名前がないの嫌なんです」
大きな会社での重役秘書の仕事は、待遇は悪くなかったが「○○役員の秘書」という呼ばれ方しかしなかった。
「それで結婚したら何とかさんの奥さん、何とかちゃんのお母さん、になって。そんなのつまらない」
「はあ…」
折しも布美枝は戌井から「奥さん!」と呼ばれ、模型を一緒に作ったことをほめられた。だが複雑な表情になる。
「自分の名前か…」>
脇目もふらずにひとつのことに熱中できるということが確かに、重要な資質なのだ。
きのうの続きになるが、好きなことに裏切られるか、好きなことで報いられるかの違いは、「裏切られたとき」のその後の対応によるのであろう。好きなこと、夢、はまるで、情は深いが残酷な恋人のように、こちらの思いの深さを試そうとする。一度や二度裏切られたからと思って諦めてしまう人には報いてくれない。
茂のように、他のことは考えられないから仕方なく愚直に続けているのであっても、深澤のように生来の人並み以上のパワーのなせるワザであっても、はたまた、戌井のように、諸々を冷静に客観的に判断して、よりよい道を探りながらそこから離れずにいるのであっても、結果として諦めず続けている。
「好きなことに裏切られる」のはある意味、「当然」のことなのだ。夫婦や恋人がときに諍いをするのと同じように、好きで、慣れていて、かつこだわりがあって自分がワガママになりやすいから、ささいなことでギクシャクする。
そういうことがあるのがアタリマエだと思っていれば、きっと続けていかれる。夫婦だって、こんなにケンカするなんて、きっと私たちは合わないんだ、別に合う人がいるはずだ、などと思えば別れてしまうかもしれないが(そして別れた方がいい場合もあるんだと思うが)、どんな夫婦だってケンカはする、と割り切っていればそこまで悩むことはない。近しくなればなるほど嫌な点、困った点が見えてくるのはこれまたアタリマエ。
上記の3人も順風満帆とはほど遠く、何度も何度も「裏切られて」いるのである。だが彼らはそれぞれの流儀で、だが共通する点としては「これしかない、波乱はアタリマエ」と思って比較的淡々と乗り切っている。
私自身は3人のうちで言えば戌井さん的かな。とはいえ戌井さんのように、自分の漫画に対する愛をまっとうするために、自分が描くのは辞める、それよりも自分のできる道を探る、という潔さはないし、そもそもそれほど「一途」になれる何かを持っているわけではない点で全然違うけど。
私はヘタすると浦木ぽい?? いやいや、浦木にしても「お金もうけ!」という点にある意味「一途」だし、かつ「裏切られてもヘコタレたり諦めたりしない」のだし、彼らと変わらないといえば変わらないのだ。
私自身は一途になれないから、大成功はしないとは思う。でもそうはいっても、複数あるとは言え、好きなことはそれなりにしぶとくやり続けているから、まあいいか。